序章『再起たけのこ譚』序節「影光転義」
序章 再起たけのこ譚
序節 影光転義
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白銀歴1204年9月22日(月)
惑星ルナ=クラリオン 星都独立領ルナルナ
王室移動要塞「天宮城(うぐしろ)」構内
天宮城は、王室が腐敗政府の暴走を止めるために極秘裏に建造した“移動要塞”であり、対空・対地兵装を内包した巨大な戦闘拠点でもあった。
外殻は、月光を受けるたびに淡い青を返し、まるで巨大な羽衣が空に浮かんでいるかのようだった。
政府倒閣の夜、天宮城は森の上空に姿を現し、王室直属の近衛と密衛庁がここから一斉に展開した。
今は平和の象徴として静かに停泊しているが、その内部には、かつて腐敗を断ち切った“刃”が今も息づいている。
■ 1. ニュース映像
天宮城・行政監査区画。
静寂を破るように、巨大なホログラムスクリーンが点灯した。
《宇宙海賊ルルデス、死亡。 遺体は焼損が激しく、身元確認はDNA鑑定によるものと発表》
映し出されたのは、
金髪・褐色肌・巨乳・派手なメイクの“ギャル風の女海賊”。
コメンテーターたちは、まるで憎悪を吐き出すように彼女を罵倒していた。
「悪辣極まりない犯罪者でしたね」
「議長を陥れたデマ拡散犯ですよ」
「死んで当然でしょう」
「おとぎ話の義賊の名を騙るとは、おこがましいにも程がある」
その声を、ルナルナ王妃・天峰笹真貴(あまみね ささまき)は静かに聞いている。
彼女の手元の端末には、テレビ映像とは真逆の世界中の“民の声”が次々と流れていた。
《ルルデスは告発者だろ》《議長の腐敗を暴いた英雄じゃないか》
《死んだ? そんなの信じない》《メディアの方がよほど怪しい》
《真実を語った者が消される世界……怖すぎる》
短い文が、怒りと悲しみと疑念を帯びて画面を埋め尽くす。
それは、オールドメディアの罵倒とは対照的な、“民衆の素朴な正義感”そのものだった。
笹真貴は静かに端末を閉じた。
真実は、いつも一つの顔だけではない。
■ 2. 王妃と王の会話
笹真貴は、スクリーンに映る派手な女を見つめながら呟いた。
「……彼女によって暴かれた“真実”がある。
惑星連合議会議長ニェフ・ゼイオガメルの不倫、薬物、人身売買……
オールドメディアが決して放送しなかった、あの証拠の数々」
ルナルナ国王・天峰篁は、玉座の脇に置かれた端末に映る膨大なデータを無言で読み進めていた。
匿名の告発者がルナルナ王室に送りつけてきた、各国各界の腐敗の情報――
その一つひとつが、確かに真実の匂いを放っていた。
篁は静かに端末を閉じ、顔を上げた。
「そして――この告発者が、君で……」
王の視線が、正面に立つ少女へとゆっくりと重なる。
「――あの宇宙海賊ルルデスだというのかい?」
王の視線の先には、ニュース映像の女とは似ても似つかない少女が立っていた。
青く光る黒髪。モデルのようにすらりとした体躯。
怯えと決意が同居した瞳。
■ 3. フィニの名乗り
少女は深く息を吸い、胸を張って名乗った。
「はい!
事実無根の誹謗中傷と無実の罪で国際指名手配され、悔しくて…… “殺されたことにした”
宇宙海賊ルルデスこと本名、フィニ・ウィアロークと申します!」
背負っていたバックパックを開くと、中から次々と“変装の残骸”が現れる。
変装用マスク。
バスト増量パッド。
金髪ウィッグ。
褐色肌メイク。
派手な衣装。
そして最後に、黒い電子メモリー媒体を取り出した。
「先ほど国王陛下にご覧いただいた各国各界の腐敗情報は、ほんの一部です。
そして……これが、私が6年間かけて集めた“すべて”の原本になります」
■ 王室面接の情景
フィニの視線の先には、
ルナルナ王室の要人たちが整然と並んでいた。
白銀の三日月紋章を背に、儀務閣・警務庁・密衛庁の代表者が一堂に会する光景は、
まるで国家の心臓部そのものだった。
ここは、
“星都独立領ルナルナ”の中枢。 王室主導の倒閣を成功させた改革派の精鋭たちが集う場所。
その場に立つ者たちの名は――
儀務閣:白イ三日月
- 天峰 篁(あまみね たかむら)/国王
- 天峰 笹真貴(あまみね ささまき)/王妃
- 隠岐永 公衡(おきなが きみひら)/庶務
警務庁:赤イ兎
- 兎団 将萌(とまる すすめ)/総司令
- リオ・ハティー(Rio Hattie)/参謀
- エヴァンテリアス・フラジリス(Evanterias Fragilis)/護衛
- ベヴァレン・グレゴニー(Beveren Gregony)/特殊部隊「ラゴモルファ」隊長
- チェッカード・セレグレア(Checkered Seleglare)/隊員
- フレミッシュ・ド・クイラ(Flemish de Quilla)/隊員
密衛庁:青イ竹
- ゼルギウス・ユア(Zergius Yua)/長官
- 布瀬 弥羽(ふせ みはね)/副官
青イ竹の諜報員席だけが空いており、その“空白”が逆に緊張を際立たせていた。
フィニは、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
ここに立つということは、もう後戻りできないということだった。
■ 4. 情報の真偽
密衛庁・青イ竹の副官、布瀬弥羽が前に出る。
「……情報は、ほぼ正しいと判断します。
隠蔽のために施された改ざん痕、その下に残っていた元データ、
そして送信経路の癖――どれも、あなたが扱っていた情報と一致していました
そして――あなたは六年前、惑星トトの壊滅事故でゲルマニア公国に避難し、
その後行方不明となっていた我が国の国民ですね。
惑星トトの居住区で生まれ育ち……
こうしてルナ=クラリオンに足を踏み入れるのは、今日が初めてのはずです」
フィニは目を丸くした。
「うぉお……ルナルナ王室の……その……スパイ、ですよね? 流石です。」
布瀬は微笑む。
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
■ 5. 兎団の問い
警務庁・赤イ兎の総司令、兎団将萌が鋭い眼光でフィニを見据える。
「で?
観光気分で来たわけでもあるまい。目的を言え」
フィニは一瞬だけ唇を噛み、震える声で答えた。
「……研究者だったパ、父が殺された理由を、知りたいんです
私ひとりじゃ、もう何もできない。だから――王室の力を、借りたいんです」
その言葉に、謁見室の空気がわずかに揺れた。
王妃・笹真貴は静かに目を細め、まるで“覚悟を測るように”フィニを見つめた。
一方、兎団は腕を組んだまま微動だにせず、その鋭い視線だけが、フィニの心の奥を射抜き、低く唸った。
「あの事故は不自然だった。 巨大な利権に触れた研究者もいたが……
お前の父はそのリストに入っていなかったな」
フィニ
「はい。でも……
父の遺体を見て“安堵していた人たち”がいたんです。
あれが、どうしても理解できなくて……」
兎団
「そこから宇宙海賊となり、各国各界の腐敗を暴いてきたというわけか。
飛躍しているようで、筋は通っている。
調査の起点は惑星トトの研究機関“サピエンティア”支部と、
そこに流れていた金と情報……そうだな?」
フィニ
「……誰かに消される覚悟で動くしかないと思ってました。
少しでも、父の死の真相に近づけるなら」
謁見室に、深い沈黙が落ちた。
誰も動かない。
誰も瞬きをしない。
ただ、少女の言葉だけが、まだ空気の中に残っていた。
■ 6. ウラガネの名
フィニは沈黙に押しつぶされそうになりながらも、逃げずに口を開いた。
「宇宙海賊として動いて分かったことがあります。各国の腐敗や犯罪の中でも
特に人身売買、言論弾圧……
これらは追えば追うほど、“緩い連帯”で繋がった複数のグループが邪魔してきた。
明確な司令塔はいないのに、
金融・経済・軍事・政治・司法・教育・メディア……
あらゆる場所に浸透していて、 総出で私を潰しにきたんです。
……被害妄想なんかじゃありません。」
兎団は静かに頷いた。
「我々も同じ結論に至っている。
理念も思想も業態も違う連中らが、巨大な利権を分け合うために共生していた。
我が国では奴らの“餌”は税金だった。
便宜的に、その連中を“ウラガネ”、個人を“ウラガネビト”と呼ぶことにした」
フィニ
「ウラガネ……」
兎団
「白銀暦(しらがねれき)の裏に潜む、民を搾取する影の群れだ。
放置すれば国は腐り続ける。
我々の目的は、この国に潜むウラガネの排除。
国外から干渉してくるウラガネも、必要とあらば叩く。
……協力するなら、お前を正式に迎え入れ、相応の権限を与えよう」
フィニは小さく笑った。
「……つまり、私にもこの国のために働け、ということですね」
■ 7. 竹娘への転生
兎団
「よし、お前を天宮城近衛騎士として迎え入れる。
装備を渡すから 今 ここで 着替えろ。
殿方は目を逸らせ」
密衛庁長官・ゼルギウス・ユアが手を挙げる。
「わしは例外で、隅々までチェックしていい?
その衣装のサイズ、参内回廊でのスキャンが正しく機能しておるか確かめたくてのう」
女性陣全員が、無言で冷たい視線を向けた。
ゼルギウスは咳払いして引っ込む。
フィニは観念したように息を吐き、装備一式を受け取る。
「……こ、ここで、ですか」
兎団は頷く。「そう。ここでだ。」
フィニは渋々、背を向けて着替え始めた。
その瞬間から、彼女は“天宮城近衛騎士”となる。
渡された装備は――
- 王月武装:寝待太刀(ねまちだち)
- 天ノ羽衣:天竹織羽(てんちくおりは)
- 身分証 :天宮城近衛騎士 月京 竹娘(つきのみや たけのこ)
竹娘は寝待太刀を手に取り、息を呑んだ。
「……すごい。 これ、天鋼《セレスティウム》製……? こんな純度の刃物、初めて見た……!」
天竹織羽を肩にかけると、布とは思えない軽さと、金属のような冷たい光沢が肌を撫でた。
「羽衣まで……天糸鋼布《セレスティウィーブ》…… ルナルナ王室って、本当にこんな装備を……?」
そして身分証。性別と生年月日以外、出鱈目だ。
「つきのみや……この苗字って、あの……」
兎団
「そう。かぐや姫を輩出した名家だ。 本物は滅んだが、民衆受けは抜群だろう」
布瀬
「ルルデスだけじゃないでしょう? 投資家・恵子に、探偵・ドヌーヴ……
他にも色々と“演じて”きたはずです。身分詐称には慣れているでしょ?」
竹娘
「ぐぬぬ……」
兎団
「短パンは私の趣味だ。よく似合う。 お前のような妙齢の美少女なら、民衆にも受けが良い」
小声で呟く竹娘
「び、美少女……(ちょっと嬉しい)」。
布瀬がくすりと笑う。
兎団
「正直、我々の敵ではないと判断したら是が非でも加入させるつもりだった。
もちろん妙齢の少女だからではない。貴様の能力を見込んで、だ」
竹娘
「(あれ、“美”が消えた……)あの…もし敵だったら?」
兎団は軽く指を鳴らした。その合図に応じて、特殊部隊「ラゴモルファ」の隊員――
チェッカード・セレグレアが、にこやかに銃を構えた。
まるで「もちろん撃ちますよ?」と言わんばかりの、無邪気な笑顔だった。
■ 竹娘の独白(国家の背景を受けて)
竹娘は、天竹織羽の袖を握りしめながら、
胸の奥に渦巻く思いを静かに噛みしめた。
(……星都独立領ルナルナ。
パパが生まれた国。
かつては影で、政府要人だけでなく、委託を受けた団体や“正義”を名乗る組織までもが、
税と行政を私物化し、国民を搾り取っていた国。)
(……私一人では、世界の影に飲まれて終わっていた。
でも――この国の光を借りて歩めるなら…。)
……影に沈んだ世界で、光を選ぶということ。その意味を、彼女はこれから知ることになる。
■ 8. 竹娘の部屋
面談を終えた竹娘は天宮城内居住区へ。
竹娘の新しい部屋の表札には
「月京 竹娘」「餅月 兎娘」
と並んでいた。
兎団曰く、兎娘は長らく王室で働く者で、今の任務が終われば竹娘の相棒として配属されるらしい。
竹娘は表札を見つめ、小さく呟いた。
「餅月も名家だね…… この子も偽名で、私と同じように利用されるんだろうな」
天竹織羽を脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込むと、まぶたの裏に“あの日”が蘇る。
父が刺され、 血を流しながら彼女の名を呼んだ夜。
竹娘
「パパ……パパ……
やっとここまで来たよ。
パパを殺した人たちのこと、
絶対に暴いてみせるからね……」
天宮城の外では、夜風が白銀の外殻を撫でていた。
その音だけが、竹娘の誓いを静かに受け止めていた。
