本章ノ参 三節「煌輝光堕天極記:ルシファーメモワール」
――ひとつの光が、あまりに眩しく輝いたがゆえに、
天を焦がし、己を堕とし、世界の秩序を揺るがした。
これは“ルシファー”と呼ばれた光が、
栄光と破滅のあわいを歩み、
その全てを刻みつけた《人生の記録:mémoire(メモワール)》である。
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本章ノ参 獄宙変化史 編
三節 煌輝光堕天極記:ルシファーメモワール
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1.歴史の筆を持つ一族
デュポン家――
その名を公に語る者は、この星系にはほとんどいない。
その名を知る者は、世界の“裏側”にしかいない。
だが、国家の興亡を決める密約の多くには、彼らの影があった。
通貨権を握ったポップフェラー家とは違い、デュポン家が支配するのは“国家そのもの”だ。
条約の文言が書き換わるのは、会談の当日ではない。
前日までに、デュポン家の地下書庫で決まる。
どの国が栄え、
どの国が滅び、
どの国が戦争を始め、
どの国が和平を結ぶか。
それらはすべて、
為政者ではなく――
デュポン家の“影の調停”によって決められてきた。
彼らが一つ文書を差し替えれば、遠い国の政権が崩れ、彼らの意に沿った別の国の建国が“予定通り”に進む。
歴史書にその名が刻まれることはない。
だが、歴史そのものは彼らの手で書かれてきた。
ポップフェラー家が“血流”を支配したのなら、デュポン家は“心臓”を握っていた。
そして――
その心臓の鼓動を止める力すら、彼らは持っていた。
――以上に記したのは、幽玄歴1188年7月9日(土)
すなわち、白銀歴がこの日を境に始まった“転換点”における当時のデュポン家の姿である。
この時点でさえ異常な影響力を持っていたが、
白銀歴の現代では、その支配構造はさらに強固で深いものへと進化している。
2.ハニートラップ作戦
2-1.作戦会議
白銀歴3年5月14日(金)
惑星テラ=プレアデス ガリアン共和国 首都郊外の町クレール=アンジュ(Clair-Ange)内
デュポン家邸宅 「シャトー・ダンタリオン(Château Dantalion)」
重厚な扉が閉まると、
部屋の空気は一瞬で冷たく張りつめた。
長いテーブルの中央には、
デューテリオの写真が置かれている。
整った顔立ち、首席の成績表、完璧な経歴。
「……見ろ、この顔を。あれで“興味がない”と言い張るのが不気味だ。」
「容姿端麗、成績優秀、頭脳は家族随一。あれが本気を出せば、当主の座など簡単に奪われる。」
「問題は、どうやって“こちら側”に縛りつけるかだ。」
家族たちの声は冷たく、計算高い。
ひとりが書類を机に叩きつけた。
「――ハニートラップだ!!!」
部屋が静まり返る。
「え? は、ハニトラ……!?」
「デューテリオは女に興味が薄いように見えるが……
実際は“女性が大好き”だ。ただ、距離感が壊滅的におかしいだけだ。」
「つまり、扱いやすい。」
「いや……」
ひとりが眉をひそめた。
「そんな簡単に引っかかるか?
あいつ、異性にモテないのは事実だが……それは“変人すぎるから”であって、女に免疫がないだけだろう。」
「免疫がないからこそ、落ちるんだ。」
「……本当に?」
「本当だ。
恋愛経験ゼロの男ほど、
“初めての女”に弱い。」
別の家族が鼻で笑った。
「デューテリオは自分が“狙われている”ことに気づかない。
天才だが、人間関係に関しては致命的に鈍い。」
「だからこそ、操りやすい。」
「女を近づけろ。“偶然の出会い”を装ってな。」
「成功すれば、デューテリオは我々の手の中だ。」
「失敗した場合は?」
「放っておけ。深刻な問題になった時だけ処理しろ。」
「……処理、か。」
「必要なら、だ。」
冷たい沈黙が落ちた。
家族の誰も知らない。彼らが“恐れている怪物”は――
2-2.捨て駒使者、登場
重厚な扉が静かに開く。
入ってきたのは、背の低い男だった。
黒い帽子を深くかぶり、分厚いコートの襟を立てている。
腹まわりはやや膨らみ、歩くたびに足音が鈍く響いた。
顔は丸く、頬に薄い赤み。
だが目だけは、冷たく濁った灰色をしていた。
男――使者は、
机の上の作戦書類に視線を落とす。
「……条件に沿う女を探せ。大学周辺に“素材”はいくらでもいる。」
当主代理の声は低く、乾いていた。
「承知しました。」
「失敗した女は放っておけ。深刻な問題になった時だけ処理しろ。」
「……了解しました。」
使者は短く頭を下げ、無言で部屋を出た。
その背中は、まるで影そのもののように重かった。
—
夜。
使者は古びたアパートの一室に座り、端末を開いた。
画面には、大学周辺の監視カメラ映像が次々と切り替わっていく。
「……赤銅色の髪。
華奢な体つき。
儚げな雰囲気……」
作戦書類の条件を口の中で繰り返しながら、彼は指先でキーボードを叩く。
映像の中で、学生たちが笑いながら歩いている。
その中に、ひとりだけ違う空気を纏う少女がいた。
古いスケッチブックを抱え、人混みの中で俯きながら歩く。
(……これだ。)
使者は画面を止め、ズームした。
灰青色の瞳。
赤銅色の髪。
そして、
どこか影のある表情。
彼は指を止め、別のウィンドウを開いた。
大学の学生データベースに不正アクセスし、映像の少女の顔を照合する。
数秒後、画面に一致の通知が現れた。
(……ふむ。両親は病死、学費滞納、奨学金申請中、アルバイト三つ……)
使者の口元がわずかに歪む。
彼女の生活記録、支払い履歴、住所までが次々と表示されていく。
(金に困っている。世間知らずで、頼る人間もいない。……理想的だ。)
彼は静かに息を吐き、モニターの光に照らされた顔が、冷たい笑みを浮かべた。
(他の候補は……不要だ。
数人の候補がいたが“逃げた”ことにすれば…この子は……扱いやすそうだ。)
彼は薄く笑い、指先で映像を切った。
—
2-3.不穏な“味見”の言葉
翌日。
使者は大学の構内を歩き、彼女の部屋のドアに一通の封筒を挟んだ。
「美味しい儲け話があります」
その夜、高級バー《ル・ミロワール・ノワール》の前で、彼女が現れるのを待つ。
やがて、緊張した面持ちの彼女が姿を見せた。
「来たか。」
使者は口角をゆっくりと上げた。
「安心しろ。まずは“味見”だ。」
声の調子は穏やかだった。
だがその言葉には、どこか冷たい湿り気があった。
彼女は意味が分からず、ただ息を呑んだ。
(……怖い……
でも……戻れない……)
使者は帽子の影から、じっと彼女を見つめていた。
3.《選別》:甘い罠
3-1.前欺(戯)
富裕層向けバー「ル・ミロワール・ノワール」の奥。
“常連しか使えない”とされる個室に通された女性は、使者の言葉に凍りついた。
「仕事の内容を聞きたいなら――
まず“こちらの手順”を踏んでもらわないとね。」
その言い方は、拒否を許さないものだった。
彼女は震えながらも、生活のために頷くしかなかった。
個室「サル・プリヴェ・ルージュ」の扉が閉まる。
廊下にはしばらく、不自然な物音と、短い息遣いが漏れた。
それは“仕事の説明”とは到底思えない、どこか急かされたような、乱れた気配だった。
やがて音が止み、重い沈黙が落ちる。
――そして。
沈黙があけた時、彼女は足元がふらつき、壁に手をついてよろめいた。
髪は乱れ、肩口の布がずれている。
使者は椅子にふんぞり返り、まるで“自分だけが満足した後”のようなだらしない姿勢で脚を組んでいた。
個室の中には、乱れた空気と、どこか湿ったような気配が残っていた。
小さな銀色の包みが、彼女の前に投げられる。
「おら、口を開けろ。“うちの流儀”だ。」
彼女は反射的に後ずさる。
だが使者は無造作に顎を掴み、拒否を許さぬ力で押し上げた。
「噛むなよ……安心しろ。これは“後腐れを防ぐための薬”。常連の嬢ちゃんたちは、みんな喜んで飲んでる。」
震える唇に錠剤が乱暴に押し込まれる。
水も渡されず、ただ命令だけが落ちてくる。
「飲め。
飲んだら、仕事の話をくれてやる。」
彼女は喉を詰まらせながらも、必死に飲み込むしかなかった。
使者は満足げに笑う。
「いい子だ。
“手順”を守れる子は、うちでは重宝されるんだよ。」
使者は乱れた息を整えながら、床に視線を落とした。
「おや……部屋を汚すなんて悪い子だ。
“うちの流儀”では、最後まで片付けるのが礼儀だぞ。
顔を使え。」
何かの合図のように舌なめずりをしている。
その声には、人を人として扱わない冷たさがあった。
彼女は一瞬、何を求められているのか理解できずに固まった。
だが使者の視線の先にある床に散らばった“彼女の血液含む液体成分と粘性タンパク質と混合物”を見た瞬間、全身が凍りついた。
「……そんな……」
その声は、喉の奥で潰れたように震えていた。
拒絶も、怒りも、言葉にならない。
ただ、
世界が一瞬で冷たく閉じる音だけがした。
拒否は許されない。
彼女は震える手で床に触れ、顔を伏せた。その姿勢は、屈辱そのものだった。
使者は満足げに息を吐いた。
その笑みは、人を人として見ていない者のものだった。
3-2.要項説明
「さて、“本題”に入ろうか。今から言う二つから好きな物を選べ。」
「まず一つ目は――
我が家と親交のある富裕層の“お相手役”だ。
報酬は高い。
ただし彼らは……人を“道具”として扱う傾向がある。
壊れても、文句は言えないよ。」
彼女は震えた。
言葉にされなくても意味は分かる。
さきほどの“手順”など、序の口にすぎないのだろう。
使者は淡々と続ける。
「二つ目は、
デューテリオ様を酔わせ、
“親密だったように見える状況”を作る仕事だ。
こちらは比較的安全だろう。」
彼女は小さく頷いた。
「……二つ目でお願いします。」
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◆ 作戦書類(要点)
任務「親密状況の演出」
発行元:デュポン家・特務局
対象者:デューテリオ・デュポン
担当者:エリス・ヴァレール(偽名)
—
一、任務目的
本任務は、対象者を適度に酩酊させ、
「親密な一夜を共にしたと誤認させ得る状況」
を構築することを目的とする。
直接的接触は必須としない。
視覚的・状況的印象のみで目的を達成し得る場合も、任務遂行として認める。
任務終了後、対象者の行動および反応を
詳細な報告書として提出すること。
—
二、実施場所
レジデンス・ド・ラ・ルイユ(Résidence de la Rouille)201号室
本作専用に一時的に借り上げた簡易居住区であり、外観・内装ともに老朽化が著しい。
しかしながら、
「若い女性の私室」として自然に見えるよう、最低限の家具・照明・香料を配置済み。
外部からの視線は完全に遮断され、録音・録画機器はすでに設置済みである。
—
三、手順概要
一、対象者を不自然でない形で当該室内へ誘導すること。
二、軽度の酒類を提供し、会話を通じて警戒心を緩和させること。この時、我々から提供する薬を混入すること。
三、室内環境を用いて 「親密な雰囲気」 を演出すること。
四、対象者が酩酊し、接近を許した時点で記録を確保すること。
五、翌朝、対象者が 「一夜を共にした」 と誤認する状況を完成させること。
六、担当者は対象者に対し、
「デュポン家財務状況の一部(別添)」を入手した と告げること。
—
四、報酬規定
• 手順五まで未達成の場合:報酬なし
• 手順五まで達成した場合:四万ガリアンフラン
• 手順六まで達成した場合:五万ガリアンフラン
• 直接的接触があった場合:追加一万ガリアンフラン
• 後日「胚」が確認された場合:追加二十万ガリアンフラン
—
五、注意事項
• 任務中、担当者は感情的関与を厳に避けること。
• 記録媒体は任務終了後、速やかに回収すること。
• 万一、対象者が記憶を保持している場合は、
「偶然の飲酒による誤解」 として処理すること。
—
六、備考:対象者の嗜好傾向
対象者は以下の特徴を有する女性に強い関心を示す傾向がある。
• 髪色:深い赤銅色、自然光下で強く輝く
• 肌:白く繊細、頬と鼻に淡いそばかす
• 体型:細身で華奢、動作に柔らかさを帯びる
• 目:灰青色、光を受けると銀色に近い印象
• 雰囲気:静穏で親しみやすいが、どこか儚げ
これらは対象者の過去の交友・交際記録および心理分析に基づく。
—
署名:デュポン家特務局・作戦統括官
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「私が…エリス役……」
備考欄の特徴まで読み終えたエリーズの顔色が変わったのを見て、使者は口の端をゆがめた。
「そうそう、“お前みたいなの”が好みなんだとさ。
大して美人でもねぇのに、
こういう“安っぽいの”が一番効くんだとよ。
ほんっと、趣味悪いよなぁ。」
彼はわざと彼女の顔を上から下まで眺め、鼻で笑った。
彼女の胸がきゅっと縮む。
自分の容姿が“利用価値”として並べられている事実が、冷たい刃のように刺さった。
使者はさらに追い打ちをかけるように続けた。
「似た見た目の女、何人かに声かけたさ。
お前みたいな赤銅色の髪で、細っこくて、すぐ怯えそうなタイプにな。」
彼女は息を呑む。
使者は、まるで“ゴミの選別”でも語るような口調で言った。
「でもな――ここまで来たのは、お前だけだったんだよ。」
彼女の心臓が跳ねた。
「他の女は途中で逃げた。お前と違って、賢かったんだろうな。
…… お前は何だ?
金が欲しかった? 今の境遇から逃れられると思った? それともただの”欲”か?」
彼は唇の端を吊り上げた。
「ま、どっちにしろ――
賤しいやつだな。
“使われる側”の顔してるよ。」
「お前みたいなのは、
“選ばれた”んじゃねぇよ。
“使いやすいから拾われただけ”だ。」
彼女の視界が揺れた。
喉が詰まり、言葉が出ない。
胸の奥に、自分でも知らなかった“痛み”が広がっていく。
怯える彼女を見て、使者はいやらしい笑みを浮かべた。
「成功報酬は記載の通りだ。
ここにある様に――」
声を潜め、しかしはっきりと言う。
「対象がお前に“特別な興味”を示した場合、追加の謝礼が出る。
その結果“より深い関心”に発展した場合は……合計で手順五遂行の五倍にもなる。」
彼女は息を呑んだ。
「若い女性なら、こういう機会も悪くはないだろう?
……君のような境遇なら、なおさらだ。
さっきの“手順”で、少しは慣れただろう?」
“金が欲しいんだろう?
どうせ断れないだろう?”
その見下しが透けていた。
彼女は唇を噛んだ。
「……分かりました。」
3-3.ワンモア下衆
使者は満足げに頷く。
「良い返事だ。
“理解の早い方”も大好きだよ。
また“手順”を追加してもいいんだぞ。」
使者は五千ガリアンフランと銀色の包みを、乱暴に彼女のポケットへ押し込んだ。
「っ……!」
短い息が漏れた。
使者はその反応を楽しむように、わざとゆっくりと顔を近づけた。
「勘違いすんなよ。
これは“報酬”じゃない。」
「お前みたいな馬鹿が、任務を最後までやり遂げられるわけねぇだろ。
途中でビビって逃げるか、泣きついて全部ぶち壊すか……
どっちかだ。」
彼は鼻で笑った。
「だからよ。これは俺からの“施し”だ。せめてもの情けってやつ。」
彼女の胸が締めつけられる。
使者はさらに追い打ちをかけるように、冷たく言い放った。
「本来なら“任務失敗=報酬ゼロ”だが……お前は特別だ。
“役立たずの記念品”ってことで、少し恵んでやっただけだ。」
彼女の視界が揺れた。
使者は彼女の髪を掴み、自分に引き寄せて吐き捨てる様に続けた。
「安心しろよ。
お前がどれだけ無能でも、“手順”さえ踏めば使い道はある。
……せいぜい、俺の施しに感謝しとけ。
今度はこぼすなよ。」
「… …っつ!」
彼女の頬を涙が伝いーーー
個室「サル・プリヴェ・ルージュ」の外に、再び乱れた気配が漏れた。
4.任務のはずだった
4-1.接近
彼女は覚悟していた。
「デュポン家の人間と関わるということは、
“人ではなく物や数字として扱われる”ということだ。」
だからこそ、
デューテリオに近づく時も震えていた。
• どんな冷酷な男だろう
• どんな目で見られるだろう
• どんな扱いを受けるだろう
使者の態度が、その恐怖をさらに強めていた。
昼下がりのキャンパス。
芝生の上では学生たちが笑い、風にノートがめくれる音がする。
その穏やかな光景の中――
ひとりの青年がベンチに座っていた。
背筋を伸ばし、陽の光を受けて淡く輝く髪。
整った横顔は彫刻のようで、長い指先で本をめくる仕草さえ絵になる。
周囲の学生たちがちらりと視線を向けるが、誰も声をかけようとはしない。
(……あれが……デュポン家の……
どうしよう、なんて声かければ)
彼女は息を呑んだ。
容姿端麗で、どこか近寄りがたい雰囲気を纏う青年。
ただ静かに座っているだけなのに、周囲の空気がわずかに張りつめているように感じた。
震える足で近づき、声をかけようとした瞬間。
その男――デューテリオは、
こちらを見た途端、なぜか目をまん丸にして固まった。
「……え?」
次の瞬間、彼は信じられないほど大きな声を上げた。
「え、俺!?
俺に!?
こんな美人が!?
ナンパ!?
え、ちょ、待って、
俺なんかに!?
君、目、悪い!?」
彼女は思わず足を止めた。
(……え?
えぇえ??
これが……デュポン家の……?)
デューテリオは慌てて髪を整え、なぜか靴のつま先を確認し、意味のない姿勢を何度も取り直している。
「いやいやいや、
俺なんかよりもっと良い男いっぱいいるって!
なんで俺!?
今日なんか変なもん付いてる!?
顔に何か書いてる!?
鏡……鏡どこ……!」
完全に混乱している。
(……怖いとか冷酷とかじゃなくて……ただの……変な人……?)
彼女がぽかんとしていると、デューテリオは急に真顔になった。
「……俺は神を信じない。
しかし、今日の午後に講義が無いこと、
初めて神に感謝しました。」
胸に手を当て、なぜか本気で感動している。
「行こうぜ、素敵なお嬢さん。
キミの好きなとこに行こう!」
「……え?」
「美術館!?
いいね!! 行こう!!
俺、美術のこと全然わかんないけど!!
むしろ教えて!!」
(……え……?)
キャンパスを出て、並んで歩き始めた瞬間から、デューテリオは止まらなかった。
「いや〜……
まさか俺に声かけてくれる人がいるなんて……
今日って俺の人生のターニングポイント!?
いや違うかもしれないけど、
でも実質そうだよな!!」
エリーズは横で歩きながら、ただ目を瞬かせるしかない。
(……え……?
本当にこの人……デュポン家……?)
デューテリオは続ける。
「で、キミの好きなとこ行こうって言ったら
“美術館”って言うじゃん!?
センス良すぎない!?
俺、そういうの弱いんだよ!!
知的な人、ほんと好き!!」
(……好き……?
いや、違う……これは任務……)
彼女の胸がざわつく。
デューテリオは、なぜか自分の服を見下ろして慌て始めた。
「てか俺、今日の服ダサくない!?
大丈夫!?
キミの隣歩いて恥ずかしくない!?
あ、でも俺、顔はいいから……
いや違う違う!!
そういう意味じゃなくて!!
落ち着け俺!!」
(……落ち着いてほしいのはこっち……)
エリーズは心の中で呟く。
しかし彼女は一言も発さない。
喉が固く閉じてしまっている。
デューテリオは気づかず、さらにテンションを上げた。
「美術館ってさ、静かじゃん?
俺、静かな場所って緊張するんだよね!!
でもキミと一緒なら大丈夫な気がする!!
なんでだろ!?
運命!?
いや違うかもしれないけど、
でも実質そうだよな!!」
(……運命……?
そんな……)
胸が痛む。
罪悪感がじわりと広がる。
それでも彼女は黙って歩く。
沈黙のまま、ただ隣の“変人”の声だけが響いていた。
5-2.美術館で崩れる緊張
美術館に入った瞬間、
デューテリオは目を輝かせた。
「うわっ、でっかい絵!!
これ描くのに何時間かかるの!?
てか、なんでこんなに高いの!?
え、これ何がすごいの!?
筆、何本使ったの!?
ねぇねぇ、これって“上手い”の!?
俺でも描ける!?」
「しっ、静かに……!」
「え、あ、ごめん……!
でもこれ!!
なんか“魂”みたいなの感じる!!
俺、今“芸術”わかったかも!!」
「わかってないと思います……」
スタッフが近づいてきて、小声で注意した。
「お客様、館内ではお静かに……」
「すみません!!
いや、ほんとすみません!!
俺、興奮すると声でかくなるんです!!
天才の悪い癖で!!」
(天才……?)
彼女は思わず吹き出しそうになった。
—
◆ 彼女は噛み砕いて説明する
「これは……光の表現が特徴で……
筆致は……こういう……」
「なるほど!!
つまり“すごい”ってことだな!!
う~ん、疎いことには語彙力が死んでしまうぜぃ。」
「……まぁ、はい。」
「キミ、説明うますぎない!?
え、もしかして美術の神様!?
俺、今日運命の日!?
講義サボってよかった!!」
(さっき 講義無い って
……この人……
本当に“デュポン家の人間”なの……?)
恐怖は薄れ、代わりに“困惑と戸惑い”が胸に広がっていく。
—
6.決行
美術館を出る頃には、空はすっかり夜色に染まっていた。
デューテリオは満足げに伸びをした。
「いやー、最高だった。
キミと話すと、絵がもっと面白く見えるんだよな。」
彼女の胸が痛んだ。
(……ごめんなさい。
私は……“役割”で来てるだけ……)
胸の奥がきゅっと痛んだその瞬間、彼女は覚悟を決めて言葉を絞り出した。
「……よかったら、私の部屋に……来ますか?」
デューテリオは一瞬固まり、次の瞬間、爆発した。
「えっっっ!?
行く行く行く!!
行くに決まってるだろ!!
今日ってもしかして俺の誕生日!?
いや違うけど!!
でも実質そうだよな!?
神、ありがとう!!」
(……なんで……
なんでこんなに嬉しそうなの……)
彼女は思わず目を伏せた。
デューテリオは興奮しすぎて、なぜかその場で軽くジャンプした。
「部屋ってさ、あれだよね!?
あの、こう……“二人で静かに話せる場所”だよね!?
俺、そういうの憧れてたんだよ!!
人生で一度はやってみたかった!!
いや、変な意味じゃなくて!!
いや、ちょっとはあるけど!!
いや違う違う違う!!
落ち着け俺!!」
(……やめて……
そんな顔しないで……)
彼女の胸の奥で、罪悪感がさらに重く沈んだ。
戸惑いと痛みを抱えたまま、彼女――偽名“エリス”は、
予定通りデューテリオを“自室”へ案内した。
アパートの扉を開けると、デューテリオは表札に目をやりつつ、緊張でふらつく足取りで中へ入る。
(エリスちゃん……ね。)
「うぃ〜……女の子の匂い。
めっちゃ、良い部屋じゃん。」
その声は酔っているようで、どこか醒めている。
デューテリオは部屋を見回した。
壁の角、棚の上、照明の裏――
視線が一瞬だけ、妙に正確に動く。
(……気づいてる?)
彼女の背筋が冷える。
デューテリオは何も言わず、にこっと笑って振り返った。
「よし!
今日はココで、とことん飲み明かそうぜ!」
「えっ……?」
「ってことで、まずは買い出しに行こうぜ!ほらほら、行こーぜ!」
腕を軽く引かれ、彼女は思わずついていく。
デューテリオはドアを閉める直前、天井隅に向かってほんの一瞬だけ、冷たい目を向けた。
そして、何事もなかったように明るく笑う。
「外の空気吸おうぜ〜!
部屋にこもってたら酔いが回るしな!」
外に出た瞬間、声色が変わった。
「……へいへいお前さん、このままだと消されるぞ。」
「え!?」
さっきまでの軽さとは別人のように鋭かった。
「俺、何喋る予定なの?物流アプリ作った自慢とかじゃないよな。」
「え!? あ……あの……はい」
「だよなー。」
デューテリオは肩をすくめ、軽く笑った。
「でもまあ俺、“喋ったことにされる”んだろ?実害のない財務とか帳簿あたりかな。」
「……え?」
「金と権力があれば、人を裁くのに罪状なんて要らねーんだよな。
コレ、色んな国の歴史が証明してる。」
その言い方は軽いのに、内容はあまりに正確で、冷静だった。
エリーズの背筋が凍る。
この人は――
自分が嵌められたことを完全に理解している。
理解しているのに、怒らない。
恨まない。
ただ事実を淡々と並べる。
その軽さと正確さが、逆に恐ろしかった。
デューテリオは笑みを消し、
急に真剣な目でこちらを見た。
「この話、要項書みたいなのあったろ?見ただけだよな?」
「はい……原本受領はもちろんコピーも厳禁でした。」
「よし。 不幸中の幸いってやつだ。」
彼は軽く息を吐き、しかしその声は鋭かった。
「さっきも言ったとおり、このままじゃ君も危ない。
俺を嵌めた“生き証人”だし、
成功した場合にキミを消すつもりの可能性が高い。」
デューテリオは声を落とし、まるで“昔聞いた噂を思い出すように”続けた。
「この手のトラップだとさ……
昔、俺の家に政敵がいて、家族は一般人女性に報酬を与えを接近させたんだ。
ほどなくして政敵は失脚し、その女性は身ごもっていた。」
彼は一拍置き、言葉を慎重に選ぶように続けた。
「で、その女性が――
身ごもったまま“格式の高い夜会”に呼ばれたことがあった。」
エリーズの呼吸が浅くなる。
「その夜を境に、彼女の名は記録から消えた。
まるで最初から存在しなかったみたいに。」
デューテリオは視線を落とし、乾いた声で言った。
「ただ、夜会の後で料理人たちが、“滅多に扱えない素材を任された”って、
妙に誇らしげに話していたらしい。」
エリーズは息を呑んだ。デューテリオは淡々と、しかし冷たく言う。
「後で聞いた冗談がさ……
『料理長の評判が急に良くなった』ってやつ。
笑えないよな。」
エリーズは震えた。
デューテリオはポケットから小切手を取り出し、何のためらいもなく差し出した。
二十六万ガリアンフラン。
“深い関係”となった場合より、さらに少し高い額。
(私の大学4年分の学費と同じ……)
「ん? もしかして君、院まで行くつもりだった?じゃあ……1.5倍にしとく?」
エリーズは目を見開いた。
「……どうして、そんな……」
デューテリオは、
まるで当たり前のことを言うように答えた。
「だって君、
俺という天才の“好みにドンピシャ”って理由だけで
こんな酷い目にあってんだぜ。」
デューテリオは苦笑した。
その笑いは軽いのに、どこか自嘲が混じっていた。
そして、ふと視線を横に向ける。
「……あーあ。
どこかに君みたいな素敵な女性が、
“普通に”現れてくれたらなぁ。」
その言葉は、冗談めかしているのに、妙に真っ直ぐだった。
エリーズの胸が、きゅっと痛んだ。
(……素敵……?
私が……?
……)
彼女の中で、罪悪感と、説明できない温かさが同時に膨らむ。
デューテリオは気づかず、肩をすくめて続けた。
「まー……気づかなかった俺も悪いけどな。」
エリーズは一瞬だけ、彼の言葉の裏にある“諦め”を感じた。
だがデューテリオは、すぐに表情を戻し、淡々と続けた。
「でもさ。
作戦書類にあったんじゃね?
“対象者が好みの場合、成功率が跳ね上がる”みたいなやつ。
あれ、笑えないほど当たってるよな。
今日の俺、まさにそうじゃん。」
彼は軽く肩をすくめた。
「俺の“好み”に合った女性を送り込んで、
酔わせて、
録音して、
後はどうとでも料理する。
……そういう筋書きだったんだろうからさ。」
軽口なのに、そこには妙な誠実さがあった。
「それに――」
彼はまっすぐ彼女を見た。
「君みたいな子を消す家なんて、
俺の方が嫌いだよ。
その小切手は気にしないで。
家の金じゃない。
俺が稼いだ、俺のヘソクリ。」
エリーズは息を呑んだ。
「だから、君は“使えなかった駒”ってことにするの。
俺を酔わせることすら出来なかった。
このまま1人で部屋に帰れば、作戦失敗になるだろ?
部屋に仕掛けられたスピーカーから“出ていけ”って言われるだろうから、
それで終わり。」
「……そんな簡単に……?」
「簡単だよ。」
デューテリオはあっさりと言った。
「あの家は“使えない駒”に興味ないから。
処理するコストの方が高いし、
処理した後の根回しを面倒に思うんだよ。
とにかく表に出たがらないからさ。」
そして、部屋の方角にちらりと視線を向けた。
「見たところ、部屋に君や俺を殺るための暗器は無かった。
だから、まだ間に合う。」
その言葉は軽いのに、妙に安心感があった。
ふっと視線を落とし、彼は静かに言った。
「それに……今回のことで決心ついたんだ。」
「……決心?」
「俺、あの家を出てこうと思う。」
—
小切手を受け取ったあと、デューテリオはふっと思い出したように言った。
「そうだ。
せっかく会ったんだし……
名前、教えてよ。」
そして、少しだけ声を落とした。
「――キミの“本当の名前”。」
全て見透かされている。
エリーズは一瞬ためらった。
この男は危険だ。
でも――使者とは違う、“誠実さ”がある。
「……エリーズ、です。」
「エリーズ。」
デューテリオは柔らかく笑った。
「いい名前だな。」
彼はポケットからメモ帳を取り出し、ペンを差し出した。
「なあエリーズ。
お礼なんて要らねーのに、
こんな大金渡すのも変な話だろ?」
「……え?」
「だからさ。
代わりに二つ、頼んでいい?」
エリーズは黙って頷いた。
「一つ目。
君、絵描いてるんだろ?
なんでもいい。
“君の好きなモノ”を、ちょっとだけ描いてくれない?」
震える手でペンを取り、小さなスケッチを描いた。
線は揺れていた。
でも、確かに“彼女の絵”だった。
デューテリオはそれを受け取り、大切そうにメモ帳を閉じた。
「ありがとう。
これ、俺の宝物にしとくわ。」
「……そんな……」
胸の奥がじんわりと温かくなり、
言葉が追いつかない。
信じられなさと、救われたような息 が混ざっていた。
「いいんだよ。俺の方こそ助かったしな。」
彼は少し照れたように頭をかいた。
「で、二つ目。
そこの店のポトフ食おうぜ!
エリーズちゃんの奢り!」
「えっ……わ、私が……?」
「だって俺、芸術の教養ねーからさ。
絵の魅力、君なりの言葉で教えてよ。
あ、これじゃ三つか。」
エリーズは思わず笑ってしまった。
今日初めての、自然な笑みだった。
—
◆ その後の一時間
(親交を深める“ちょうどいい距離感”の描写)
二人は、
レジデンス・ド・ラ・ルイユ近くの小さな食堂に入った。
湯気の立つポトフを前に、
デューテリオは子どものように目を輝かせた。
「うまっ……!
なんだこれ、革命か?」
「普通の……ポトフですけど……」
「いやいや、俺ん家の料理より全然うまい。
あそこは“格式”ばっかで味が死んでるんだよ。」
エリーズは少しだけ肩の力が抜けた。
デューテリオは、
自分の家のこと、
アプリ開発のこと、
“天才”と呼ばれることの面倒くささ、
そして――
他言無用と前置きし あるモノの「本物」と「贋作」について語った。
エリーズは、
自分の絵のこと、
美大での孤独、
家族のこと、
そして――
任務を聞いた日の恐怖を、少しだけ話した。
デューテリオは茶化さず、真剣に聞いた。
「君の絵、いいよ。
線が揺れてるのに、芯がある。
俺、そういうの好きだわ。」
「……そんな、私なんて……」
「いや、マジで。
俺の言葉なんかより、
君の絵の方がよっぽど“本物”だよ。」
その言葉は、エリーズの胸に静かに落ちた。
二人は笑い、
時々黙り、
また話した。
ほんの一時間。
でも、
一生忘れられない一時間 だった。
—
◆ 別れ
店を出ると、夜風が冷たかった。
デューテリオは軽く手を振った。
「じゃあな、エリーズ。
お前さんの作品、
いつかどっかで見れるの、楽しみにしとくぜ~。」
「……はい。」
エリーズは、その背中をしばらく見つめていた。
二度と会うことはないと分かっていた。
でも――
胸の奥に、小さな灯りがともったような気がした。
7.悪魔の囁き
デュポン家の屋敷は、夜でも静まり返っていた。
重厚な扉を押し開けると、廊下の奥から家族の視線が刺さる。
「……戻ったか。」
「今日は何かあったか?」
デューテリオは靴を脱ぎながら、あくびをひとつ。
「んー学校はいつも通り
可愛い女の子と仲良くなりかけたけど……ムカついたから逃げた。」
家族たちが一瞬だけ沈黙した。
「……逃げた?」
「そう。
なんか、俺を利用しようとしてる感じがしてさ。気分悪くなって帰ってきた。」
彼は肩をすくめ、まるでどうでもいいことのように言った。
「俺、そういうの嫌いなんだよね。
“俺を好きなふりして近づく女”って。
”経験”無くても分かるっーつーの。」
家族の誰かが舌打ちした。
(……使えない駒だったか。)
デューテリオは軽く笑った。
「もういいだろ?俺、疲れたから寝るわ。」
家族たちは互いに目を合わせ、「計画失敗」と判断したように興味を失った顔で散っていく。
デューテリオはその背中を見送りながら、小さく呟いた。
(……ほんと、分かりやすい家だよな。)
—
部屋に戻ると、
デューテリオは扉を閉め、鍵をかけた。
その瞬間、彼の表情から“軽さ”が消える。
机の引き出しを開け、最低限の荷物を詰め始めた。
(……これ以上、ここにいるのは危険だよな。)
服、データ端末、その時だった。
……デューテリオ。
耳の奥で、低い声が響いた。
デューテリオは跳ね上がった。
「うおっ!?
お、おいおい……
何だ?悪魔の囁きか!?」
――悪魔、か。人間はそう呼ぶのだな。
「あの…
正体に皆目検討つかないのでそう言いました。すんません……!」
デューテリオは額を押さえながら、静かに疑問を問いかける
「で、お前さん……話しかけてきたのは
何か俺に用があってだよな?
目的と目標、何?」
――神族を葬ることだ。三体。
デューテリオは固まった。
「……聞いた通りに答えてくれてありがとな!
でも意味分かんねーよ。
無知な人間に説明すると思って頼む……」
――この世界に残る“神の力を持つ者” それを滅ぼすのだ。
忌々しい
智天使ケルビム…
座天使スローンズ……
そして…熾天使セラフィム
デューテリオは目を瞬かせた。
「……
待て待て待て。
ケルビム? スローンズ? セラフィム……?
それ、“神属天使”ってやつじゃねぇの!? 実在すんのかよ……!」
――ああ。熾煌天使(しこうてんし)とも呼ばれる。
「で、チンケな人間の俺に話しかけるだけの お前さんがどうやって……って、あ!!!」
デューテリオは固まったまま、ゆっくりルシファーを指差した。
「……もしかして、お前さん、宝物庫か研究室にある、悪魔のカケラだったりする?」
――ああ。闇極魔王《あんごくまおう》“七極魔”の一体だ。
「……マジかよ……
神話通りなら……確か唯一、天使を超える悪魔たち……」
――そう。その中でも最高の力を持つ、ルシファーだ。
「……
それ自己評価? 他己評価? どっち!?
自分で言って恥ずかしくねぇの!?」
――他者評価だ。
七極魔の中で、私かサタンが最強と定義されている。
「同率一位が居るのかよ……
つか、定義されてんの!?
誰に!? どこの機関が認定したんだよ!」
――地獄だ。
「……もしかしてそれも伝説通り、
この宇宙が出来る前の“あの世界”……?」
ルシファーは淡々と続ける。
――だからこそ、お前に話しかけている。
デューテリオは頭を抱えた。
「……いや待て。
神属天使が実在して、
七極魔最強が目の前にいて、
そいつが“お前に用がある”って……
俺、今日死ぬ日?」
――策はある ”矢”さえ作れれば
「聞けよ!!
俺の話ぶった切って勝手に進めんな!!
矢?
いや意味わかんねぇよ!?
つい さっき言ったろ? 無知な人間に説明すると思って頼む、って。
あ、もしかして……
お前さんの力でもくれるの!?
俺、覚醒しちゃう感じ!?」
――それはまだ早い。
「まだって何だよ!冗談のつもりだったんだよ。マジかよ!」
――お前は“素材”としては悪くない。
だが、今は未熟だ。
時が来れば力を与える。
その時まで――
私の声を忘れるな。
デューテリオは頭を抱えたまま、ゆっくりと問いかけた。
「そういや……子どもの頃、宝物庫で似たような声を聞いたな。
あそこにあった赤い鉱物みたいな……アレがお前か?」
――ご名答。
欠片の声は、まるで満足げに笑っているようだった。
デューテリオは深く息を吐き、額を押さえた。
「……マジかよ。
赤いし小さいから、悪魔のカケラじゃなくて、ただの財宝だと思ったけど
じゃあ俺、子どもの頃から“悪魔の声”聞いてたのか……
いや悪魔じゃないんだっけ?
神族? 神殺し? なんかもう訳わかんねぇ……
あとで、ゆっくり教えてくれよな!」
――七極魔のカケラは黒色では無いからな。
混乱するのも無理はない。
だが、時間は少ない。
お前は“動く側”に立った。
「動く側って……俺、ただの大学生だぞ?
天才だけど。」
――自覚があるのは良いことだ。
「褒められてる気がしねぇ……」
デューテリオは欠片を見つめ、眉をひそめた。
「で、お前……
俺に“矢”を作れって言ったよな。
その矢って、やっぱり……」
――神族を穿つための道具だ。お前の手で作る必要がある。
「想像通りで泣きそうだぜ。
俺、武器職人じゃねぇし…
何度か言ったけど俺、一般人だぞ!?
プログラムと美術館と猫が好きなだけの。」
――一般人ではないだろう?
この世界を支配する“デュポン家の血”を持つ者だ。
デューテリオは顔をしかめた。
「……その血のせいで散々なんだよなぁ……
で、俺に何をさせたい?」
――まずは、私を“外”へ連れ出せ。
デューテリオは固まった。
「……は?」
――この家に留まれば、
いずれ私は“処分”される。
お前もだ。
「……あー……それは、まぁ……
確かに、あり得るな。」
デューテリオは天井を見上げ、深く息を吐いた。
(……この家は、価値のある物は囲い込み、
価値がなくなれば“処理”する。
俺も、こいつも……例外じゃない。)
――理解が早いな。
「…嫌というほど身に染みてるだけだよ。」
デューテリオは欠片を手に取り、じっと見つめた。
「……でもさ。
お前を持ち出すって……
宝物庫の“アレ”だろ?
あんな厳重な管理、どうやって……」
そこで、デューテリオの目が細くなった。
(……待てよ。)
宝物庫…誰も使っていない…なら――
(……贋作となら、すり替えられるんじゃね?)
デューテリオはゆっくりと立ち上がった。
「……なぁ、ルシファーさんよ。」
――なんだ。
「お前の“見た目”って、どこまで再現できそう?」
欠片は淡く光り、まるで笑っているように答えた。
――贋作を作るつもりか。
デューテリオはニヤリと笑った。
「ご名答。」
8.贋作
(惑星テラ・ガリアン共和国/デュポン家 宝物庫)
小石ほどの赤い結晶――ルシファーのカケラ。
それをスキャンするための多層干渉装置を起動した。
青白い光が結晶を包み、空間に数百層のデータが浮かび上がる。
分子構造、色素――外見を構成する要素が記録されていく。
「何をしている?」
胸の奥から声が響いた。
ルシファーのカケラだ。
デューテリオは笑いながら答える。
「例のお前さんと俺の家出準備♪」
――家出、か。随分と人間らしい言葉を使う。
「だろ? でも俺にしては悪くない選択だと思う。」
――その機械で読み取る情報が、私の外見なのか。
「察しが早いな。この家の連中は“本物を見抜ける”と信じてる。それにお前さんを使っていない。
だからこそ、見抜けない贋作を置いていくのが最高の皮肉だ。」
ルシファーの声が低く笑った。
――面白い。
だが、贋作は“魂”を持たない。
それでも構わんのか?
「構わないさ。
見た目さえ似てれば、ヤツらは気づかない。
…多分な」
—
◆ 贋作の誕生
数日後。
デューテリオは信頼できる職人に依頼した。
彼は古い友人で、家の外で生きる数少ない“自由な人間”だった。
「これの見た目を再現してほしい。質感・重量も含め、完璧に。」
職人は眉をひそめた。
「……これ世に知られてる鉱物じゃねーな。お前…いや、聞かない方が良いか。」
「悪いね。」
数日後、
工房に現れた贋作は、本物と見分けがつかないほど精密だった。
デューテリオは両方を並べ、
ルシファーの声を聞いた。
――見事だ。まるで私がもう一つある様だ。
「それなら成功だ。」
彼は贋作を宝物庫に戻し、本物を胸元に隠した。
—
9.家出の夜
数週間、家族は何も気づかなかった。
普段から家族は時折宝物庫を覗く程度。
見た目が本物と変わらない贋作は完璧に“本物”として機能していた。
そして夜。
デューテリオは大学行きの荷物を整え、家を出た。
門番に軽く手を振る。
「研究の資料を取りに行くだけだ。すぐ戻る。」
誰も止めなかった。
誰も疑わなかった。
そのまま港へ向かい、貨物船の影に紛れて乗り込む。
航行記録には“他惑星行き”と偽装。
だが実際には、
同じ惑星テラの別国――ドルワナ共同体へ向かっていた。
—
デューテリオは、貨物船の狭い個室に腰を下ろし、深く息を吐いた。
(……とりあえず、ここまでは逃げ切れたな。)
荷物は最小限。
服と端末と、そして――
ポケットの奥に忍ばせた赤い欠片…”ルシファーのカケラ”。
本物はここにある。
宝物庫には、彼が作った贋作が鎮座しているはずだ。
(バレないのを期待するしかねーが……
どの道その頃には俺はドルワナ。
家の連中も、すぐには手を出せない。)
そう考えると、少しだけ肩の力が抜けた。
だが――
胸の奥に、別の重さが残っていた。
(……エリーズちゃん、どうしてるかな。)
あの震える肩。
あの泣きそうな目。
思い出すたび、胸がざわつく。
(……気になるが、今は俺が動く番だ。)
デューテリオは頭を振り、端末を開いた。
—
🔥 ◆ ルシファー ―― “素材”の観察
その時、
ポケットの中で欠片が微かに震えた。
――ドルワナ。
悪くない選択だ。
「お前、また勝手に脳内に入ってくるのやめろよ……
心臓に悪いんだよ。」
――心臓は鍛えれば強くなる。
お前もだ、デューテリオ。
「筋トレの話じゃねぇんだけどな。」
欠片は淡く光り、まるで“観察するように”彼を見つめていた。
――霊長類は脆い。しかし生前の私以上の力を持つ存在に進化出来る可能性がある。
中でもお前は上等だ。
“書き換え”の価値がある。
「書き換えって……俺の脳みそ、OSか何かか?」
――似たようなものだ。
お前の肉体と精神には、私の力を扱う素質を持っている。
デューテリオは目を瞬かせた。
「(OS知ってんよかよ。)……俺、ただの人間の天才だぞ?しかも文武の 文 だけ。」
――天才は“素材”として優秀だ。
お前は、私の力を扱える器…いやそれ以上になれる。
「いやいやいや……
俺、そんな大層なもんになる気ないんだけど。」
――気にするな。
“なる”のではない。
“そう書き換える”だけだ。
デューテリオは背筋を伸ばした。
(……こいつ、絶対ロクなこと考えてない。)
だが、今は問い詰めても無駄だと悟り、話題を変える。
「で、お前はドルワナで何する気なんだ?」
――様子見だ。
近くにある“悪魔のカケラの気配”を探る。
見つければ回収せよ。
「お前さんが探す役かよ。」
――今はな。
お前が“器”になるまでは。
デューテリオは額を押さえた。
(……やっぱりロクでもねぇ。)
◆ ドルワナ共同体到着
巨大な樹海が広がる。
森そのものが国境であり防壁。
ドワーフ系の民が金属を鍛え、自然と共に生きている。
デューテリオはその光景を見て息を呑んだ。
「……ここなら、誰も俺を知らない。」
――そして誰も、お前を“駒”とは呼ばない。
ルシファーの声が静かに響く。
――ようやく、始まるな。
お前の“変性”の旅が。
デューテリオは胸元のカケラを握りしめた。
「変性?怖。
まあ、行こうぜ、ルシファー。
俺たちの家出の続きだ。」
貨物船が着陸すると、外は雑多な喧騒に満ちていた。
露店の呼び込み、
整備ドローンの音、
子どもたちの笑い声。
デューテリオは深呼吸した。
「……よし。
まずは仕事探しだな。」
――仕事?
「そう。
俺、家を出たら“個人事業”やるって決めてたんだよ。」
――神族を殺す矢を作るのではなく?
「それはお前の目標だろ?
俺の目標は別にある。
ま、気楽に行こうぜ。」
――ほう。
デューテリオは歩きながら、
人混みを観察した。
「この街、物流が死んでる。
物価も高いし、流通も遅い。
アプリ一つで改善できる余地が山ほどある。」
――またアプリか。
「またって言うな。
俺、アプリ作るの得意なんだよ。
“人間の生活を便利にする”ってのが好きなんだ。
ここでだけなら、既得権に競合せずやれる。」
――神族を殺すよりか?
「当たり前だろ笑」
ルシファーはしばらく黙った。
だが、その沈黙は“怒り”ではなく――
“興味”に近いものだった。
――人間は、面白い生き物だな。
「褒められてる気がしねぇ……」
――だが、悪くない。
お前が“人間としての目標”を持つのは。
その方が、器は強くなる。
「だから器って言うな。」
――いずれ理解する。
お前と私は“神を殺す矢”を作る。
だが同時に――
“人間としての道”も歩め。
デューテリオは立ち止まり、
空を見上げた。
「……二つ並行してやれってか。
無茶言うなよ。」
――お前ならできる。
デューテリオは苦笑した。
「……言ってくれるじゃねぇか。」
そして、
人間居住区の雑踏へと歩き出した。
人間居住区は、ドルワナの中でも最も雑多で、最も生々しい場所だった。
露店の香辛料の匂い、
整備ドローンの金属音、
路地裏で子どもたちが走り回る声。
デューテリオは歩きながら、端末にメモを取り続けていた。
「……物流アプリの需要は確実にある。
この街、物の流れが完全に詰まってる。
倉庫管理もガバガバだし……
あー、やりたいこと多すぎる。」
――お前は本当に“人間”だな。
「褒めてるのか貶してるのか分かんねぇよ。」
――褒めている。
人間は、目的を持つと強くなる。
「お前、最近ちょっと優しくない?」
――気のせいだ。
デューテリオは苦笑しながら歩き続けた。
だがその時――
ポケットの中の“ルシファーのカケラ”が、
突然、鋭く震えた。
「うおっ!?
な、なんだよ急に!」
――……反応がある。
「反応?」
――“配下”の気配だ。
この星に、多数の“悪魔のカケラ”が眠っている。
デューテリオは足を止めた。
「……は?
この惑星にも?」
――ああ。大半は下級悪魔の物の様だが
――大量にある。
「大量!?」
――この星のどこかに、
“悪魔の欠片”が集積している場所がある。
それも、自然にではない。
“誰かが集めた”痕跡だ。
デューテリオは眉をひそめた。
「……誰かって、ここの住民か?」
――可能性は高い。
もっと厄介な存在でないことを祈るのみだな。
「(最強の悪魔が神頼みしているみてーで面白れーな。)
厄介って……お前より?」
――(聞こえてるぞ。)
私より厄介な存在は、この宇宙に三体しかいない。
「セラフィム、ケルビム、スローンズ……」
――そうだ。
ここでの厄介な存在は、悪魔のカケラを悪用してきた、お前ら人類のことだ。
デューテリオは喉を鳴らした。
「で、その“カケラ”はどこに?」
ルシファーの欠片は、
まるで地図を描くように淡く光った。
――北西。
“ドワーフの森”と呼ばれる区域だ。
「ドワーフ……
鍛冶と採掘に長け、
“古代の遺物”を扱う技術にも長けるこの惑星起源の霊長類だよな。
そいや会ったことは無ぇわ。
で、つまり……
悪魔のカケラを集めてるのは、ドワーフってことか?」
――断定はできない。
だが、彼らの領域に“悪魔のカケラ”が眠っているのは確かだ。
デューテリオは腕を組んだ。
(……ドワーフの森。
危険な匂いしかしねぇ。)
だが、同時に――
胸の奥がざわついた。
(……行くしかないよな。)
ルシファーのカケラが、
まるで彼の決意を読んだように囁いた。
――行くのか、デューテリオ。
「行くよ。
お前さんの配下のカケラが大量にあるなら……
それ、放置したら絶対ロクなことにならねぇ。
ドワーフは何も知らなくても、俺たちみたいなのが奪いにくることだってある。」
――理解と判断が早いな。
「俺、天才だから。」
――知っている。
デューテリオは深呼吸し、人間居住区の喧騒を背に歩き出した。
「よし。
ドワーフの森まで案内してくれ、ルシファー。」
――任せろ。
私は“道”を示す。
お前は“歩け”。
デューテリオは笑った。
「……相棒みたいな言い方すんなよ。」
――相棒ではない。
“器”だ。
「それもやめてくれ(笑)」
喧騒の中、デューテリオは北西へ向かって歩き出した。
その先に待つのは、
“悪魔のカケラ”が眠る森――
そして、
彼自身の運命が大きく動き出す場所だった。
(惑星テラ/北樹海境界)
船が霧の中を抜けた瞬間、視界いっぱいに広がったのは、金属と樹木が融合した都市だった。
枝のように伸びる塔、
幹の中に埋め込まれた鍛冶炉、
そして空気を震わせる低い金属音。
それがドルワナ共同体のドワーフが住む森の“息づかい”だった。
デューテリオは船の甲板に立ち、胸元のルシファーのカケラを指でなぞった。
「すげー……ここが、ドルワナの森か。」
――自然と金属の民。
彼らは法を作らずとも、秩序を保つ。
興味深い場所だな。
ルシファーの声が低く響く。
デューテリオは苦笑した。
「皮肉だな。
秩序を壊してきた家の者が、秩序の国に逃げ込むなんて。」
――壊す者ほど、秩序を求めるものだ。
港では、背の低いドワーフの民が荷を運んでいた。
彼らの腕は太く、皮膚は樹皮のように硬い。
だがその目は穏やかで、見知らぬ旅人にも敵意を向けない。
一人の鍛冶師が声をかけてきた。
「おい、兄ちゃん。
その荷物、重そうだな。手伝おうか?」
デューテリオは一瞬、警戒した。
だがその笑顔に、“取引”ではなく“助け”の気配を感じた。
「……ありがとう。
助かる。」
鍛冶師は荷を肩に担ぎながら笑った。
「ここじゃ、困ってる奴を放っとく方が恥なんだ。あんた、旅人か?」
「まあ、そんなところだ。」
「なら、森の宿に行くといい。外の人間でも泊めてくれる。ただし、嘘をつく奴は嫌われるぞ。」
その言葉に、デューテリオは胸の奥が少し痛んだ。
彼はすでに“嘘”を背負っている。
贋作を残し、本物を盗み出した逃亡者だ。
――お前は嘘をついた。
だが、それは生きるための嘘だ。
ルシファーの声が静かに言う。
――この国では、
生きるための嘘も、真実として受け入れられるかもしれん。
デューテリオは森の方を見た。
巨大な樹々が風に揺れ、その奥に金属の光がちらついている。
「……なら、試してみるか。」
彼は荷を背負い直し、ドルワナの森へと歩き出した。
—場面転換🌙 ◆ エリーズ ―― 任務未達成通告と、揺れる心
翌朝。
端末に届いた通知は、たった三行だった。
“任務:未達成
担当者の責任は問わない。
以後の指示はなし。”
(……これだけ……?)
怒鳴り声も、呼び出しも、罰もない。
ただ、“終わり”とだけ告げられた。
エリーズはしばらく画面を見つめたまま動けなかった。
(……デューテリオさんの言った通り……)
“使えなかった駒は放置される”
“処理するコストの方が高い”
“表に出たがらないからさ”
あの時の彼の声が、静かに胸の奥で反響する。
(……本当に……私は……自由になれたの……?)
そう思いたかった。そうであってほしかった。
でも――
胸の奥に、冷たい影が残っている。
(……本当に……大丈夫なの……?
ただ“忘れられただけ”なんじゃ……)
使者の冷たい目が脳裏に浮かぶ。あの男が、こんな簡単に手を引くとは思えない。
(……怖い……)
けれど同時に、別の不安が胸を締めつけた。
(……デューテリオさん……)
“俺、あの家を出てこうと思う。”
あの言葉。
あの真剣な目。
(……本当に……出ていったんだ……)
彼は笑っていたけれど、その奥にあったのは覚悟だった。
(……大丈夫かな……
あの人、危ない場所に行く気がする……)
胸が痛む。
罪悪感と、温かさと、心配が混ざり合う。
🌲 ◆ ドワーフの森 ―― 村への案内
森の奥へ進むにつれ、金属音は柔らかくなり、代わりに木々のざわめきが濃くなっていった。
デューテリオは鍛冶師に案内され、小さな集落へと足を踏み入れた。
丸太と金属を組み合わせた家々。
地面に埋め込まれた炉。
子どもたちが鉄片で遊び、老人たちが木の根を削って器を作っている。
「ここが俺たちの村だ。旅人でも、礼儀を守るなら歓迎する。」
鍛冶師はそう言って笑った。
デューテリオは胸元のカケラをそっと押さえた。
(……この村、お前さんの反応を強いく感じるけど……)
ルシファーの声が低く響く。
――この森の奥に、
“私の同族”が眠っている。
(やっぱりか……)
—
🔥 ◆ 村での生活 ―― 受け入れられる異邦人
デューテリオは村に滞在することになった。
鍛冶の手伝いをし、子どもたちに簡単な計算を教え、夜は焚き火を囲んで歌を聞いた。
ドワーフたちは、彼が“嘘をつかない”ことをすぐに見抜いた。
「お前さん、変な奴だが悪い奴じゃねぇな。」
「天才とか言ってる割に、火の扱いは下手だな!」
「うるせぇ! 俺は文明人なんだよ!」
笑い声が森に響いた。
デューテリオは、
久しぶりに“家族ではない誰か”と自然に笑っていた。
だが――
胸元のカケラは、日に日に強く震え始めていた。
—
🔥 ◆ 村の“祀り場” ―― 大量の悪魔の欠片
ある夜、村の長老がデューテリオを呼んだ。
「旅人よ。お前の胸の光……あれは“同じもの”かな?」
「……同じ?」
長老は森の奥へ案内した。
そこには、巨大な樹の根元に作られた祠があった。
祠の中央には――
黒く光る鉱石の山。
デューテリオは息を呑んだ。
(……全部……悪魔のカケラ……!?)
ルシファーの声が震えた。
――これは……
私の“同胞”の残骸だ。
こんな量……誰が……?
長老は静かに言った。
「これは“森の守り石”だ。
昔からこの森に落ちてきた。
悪いものを寄せつけない、不思議な石だ。」
(……祀られてる……?
ただの宝物扱い……?)
デューテリオは胸の奥がざわついた。
(……でも、この量……
狙われそうだな……)
その予感は、
すぐに現実となる。
—
🔥 ◆ 森の外れ ―― 潜む影
その夜。
村の外れで、
黒い外套をまとった集団が密かに集まっていた。
「……あれが“悪魔のカケラ”か。」
「デュポン家が欲しがっている。我らはそのために動くのみ。」
「しかし、我らの“主”は……?」
「黙れ。我らは“主の駒”の、そのまた駒だ。命令に従うだけでいい。」
彼らの目は濁り、皮膚は灰色に変色していた。
人間ではない。
だが魔物でもない。
“魔人”――
神族の力を浴びて歪んだ、デュポン家の裏の裏で使われる“使い捨ての兵”。
そのリーダーが、森の奥を指差した。
「祠の石をすべて回収する。
ついでに……
逃亡した“デュポンの血”も始末しろ。」
森に、冷たい風が吹いた。
—
🔥 ◆ デューテリオ ―― 運命の気配
村の宿で眠っていたデューテリオは、胸元の欠片が突然熱を帯びたことで目を覚ました。
「……ルシファー?」
――来るぞ。
“私を狙う者”が。
デューテリオは息を呑んだ。
(……やっぱり……
家の影は、どこまでも追ってくる……)
彼はゆっくりと立ち上がり、外套を羽織った。
「……逃げるのは慣れてるけどよ。
今回は逃げるだけじゃ済まねぇな。」
――そうだ。
“戦う”時が来た。
デューテリオは祠の方角を見つめた。
そこには、村の宝として祀られた大量の欠片。
そして、それを狙う魔人たち。
(……俺のせいでこの村が滅んだら……
一生 安眠できそうに無ぇな……)
彼は深く息を吸い、森の闇へと歩き出した。
—
🔥 ◆ ルシファーがデューテリオに“初めての力”を与える瞬間
森の奥から、金属を擦るような低い音が響いた。
デューテリオは祠の前で立ち止まり、胸元の欠片を押さえた。
「……来たな。」
――ああ。
“私を奪いに来る者”だ。
闇の中から、黒い外套の影がゆっくりと姿を現した。
皮膚は灰色に濁り、目は光を失っている。
「……デュポンの血。回収対象だ。」
デューテリオは肩をすくめた。
「俺、家出中なんだけど。回収とか返品とか、そういうのやめてくれない?」
影は答えず、ただ一歩、また一歩と近づいてくる。
その瞬間――
胸元の欠片が、灼けるような光を放った。
「っ……!」
デューテリオは胸を押さえ、膝をつきかけた。
――デューテリオ。
“器”としての最初の段階に入る。
「ちょ、待っ……!
説明してからにしてくれ!!」
――遅い。
今、力を与える。
光が胸から腕へ、腕から指先へと流れ込む。
熱い。
だが痛くはない。
むしろ――
“何かが開く”感覚。
(……これ……俺の体じゃないみたいだ……)
――恐れるな。
これは“矢”を作れる器となるための第一歩だ。
デューテリオは息を呑んだ。
「……力って……こういう……」
――使え。
“守るため”に。
その言葉と同時に、影が飛びかかってきた。
—
⚔️ ◆ 魔人集団 vs デューテリオ(初戦)
影の腕が振り下ろされる。
金属のような硬質な音。
デューテリオは反射的に腕を上げた。
ガンッ!!
「……っ!? 折れてない……?」
腕に走った衝撃は、まるで鉄を殴ったようだった。
だが――
痛みはない。
――お前の肉体は、
“闇極魔王の力にも耐える構造”へと書き換わりつつある。
「いや、サラッと怖いこと言うなよ!!」
影が再び襲いかかる。
デューテリオは地面を蹴り、横へ跳んだ。
(……速い……!
俺、こんな動けたっけ!?)
影の拳が地面を抉る。
土が跳ね、祠の石が揺れた。
「おいおい……
祀り物壊したら村の連中に怒られるだろ……!」
影は低く唸った。
「……欠片……すべて……回収……」
「やらせるかよ!」
デューテリオは拳を握りしめた。
胸の奥から、熱が腕へと流れ込む。
拳が淡く光る。
(……これが……力……?)
影が突進してくる。
デューテリオは拳を振り抜いた。
ドッ!!
影の体が大きく弾かれ、木の幹に叩きつけられた。
デューテリオは自分の拳を見つめた。
「……マジかよ……
俺、今……殴っただけだよな……?」
――それでいい。
“矢”はまだ作れない。
だが、お前はもう“ただの人間”ではない。
「いや、言い方ァ!!」
だが、喜んでいる暇はなかった。
森の奥から、さらに複数の影が姿を現した。
「……数、多すぎだろ……!」
――戦え。
逃げれば村が滅ぶ。
デューテリオは息を呑み、拳を構えた。
—
🌲 ◆ ドワーフたちが戦いに巻き込まれる
その時――
村の方から悲鳴が上がった。
「魔人だ!!森の外れに魔人が出たぞ!!」
「子どもたちを守れ!!」
「祠を狙っている!!」
デューテリオの顔色が変わった。
「……村に……行ったのか……!」
影の一体が、祠の石を掴もうと手を伸ばした。
デューテリオは叫んだ。
「触るな!!」
拳が光を帯び、影の腕を弾き飛ばす。
だが――
森の奥から、さらに大きな影が姿を現した。
「……あれは……」
――“上位魔人”。
神族の力を浴び、
人でも魔物でもなくなった存在。
上位魔人は、祠の石を見て低く笑った。
「……これだけあれば……
“主”は満足する……」
デューテリオは歯を食いしばった。
(……デュポン家だけじゃねぇんだな……
カケラを狙ってんのは……
ま、そりゃそうか……)
村の方では、ドワーフたちが必死に戦っていた。
鍛冶槌を振るう者。
火の粉を撒いて魔人を牽制する者。
子どもを抱えて逃げる者。
「くそっ……!
俺のせいで……!」
――違う。
“お前が居るから救える”。
行け、デューテリオ。
デューテリオは深く息を吸い、村の方へと駆け出した。
「……絶対に守る……
この村も……欠片も……!」
森に、光が走った。
—
—
🌲 ◆ 戦闘後 ―― 森に残った“余韻”
魔人たちが森の奥へと退いた後、村には静寂が戻った。
だがその静けさは、戦いの余韻と緊張を孕んでいた。
デューテリオは胸元の赤い欠片を押さえながら、祠の前に散らばった黒い欠片を見つめた。
(……全部、悪魔のカケラ……
しかも、でかい……)
――下級ほど大きい。
“格”が低いほど、器が粗雑だからな。
(じゃあ……この村の連中が神通力に目覚めてたのって……)
――当然だ。
これだけの“残骸”が近くにあれば、
人間でも影響を受ける。
デューテリオは村の戦士たちを見た。
彼らの動きは、確かに“普通のドワーフ”ではなかった。
火霊の槌。
根脈の秘術。
異常な反応速度。
(……全部、カケラの影響……)
長老が静かに頷いた。
「我らは……昔から“森の守り石”に守られてきた。
だが……それが何であるかは知らなかった。」
デューテリオは苦笑した。
「……守り石って呼ぶには、ちょっと危険すぎる代物だよ。」
—
🔥 ◆ ルシファー、黒い欠片を“回収”する
赤い欠片が、再び淡い光を放った。
――デューテリオ。
“整理”するぞ。
「整理って……おい、また勝手に……!」
赤い光が祠を包み込み、黒い欠片が震え始めた。
シュウウウウ……
黒い欠片が蒸発し、煙のように赤い欠片へ吸い込まれていく。
「なっ……!」
長老が驚愕の声を上げた。
「守り石が……!」
――安心しろ。
“不要なもの”だけ回収している。
祠の中央に残ったのは、ひときわ大きく、黒い光を放つ“上級悪魔の欠片”。
デューテリオは息を呑んだ。
(……これだけは……吸わないのか……?)
――“格”が高い。
村の守りに残すには、これが良かろう。
赤い欠片は静かに光を収めた。
—
🐾 ◆ ルシファー、“代わりの守り”を与える
――ドワーフよ。
長老が杖を握りしめた。
「……何者だ、お前は……?」
――“この者の同伴者”だ。
そして、お前たちの“守り石”を奪った代わりに、“別の守り”を与える。
赤い光が地面に落ち、そこから黒い影が立ち上がった。
影は形を変え、四足の獣となる。
鋼の毛並み。
赤い瞳。
森の気配を纏った守護獣。
「……魔物……?」
――“守護獣”だ。
この森に害をなす者を喰らう。お前たちの敵ではない。
獣は長老の前に跪いた。
長老はしばらく沈黙し、やがて静かに頷いた。
「……受け取ろう。
旅人よ、そして……その声の主よ。
我らは恩を忘れぬ。」
デューテリオは肩をすくめた。
「いや、俺は何もしてない。勝手にやったのはコイツだし。」
――謙遜するな。
お前が“器”だからできたことだ。
「だから器って言うな!」
ドワーフたちの笑い声が森に響いた。
—
🚀 ◆ 旅立ち ―― 新たな目的
村を離れる準備をしながら、
デューテリオは深く息を吐いた。
(……事業主になるのは……無理だな。)
――ようやく気づいたか。
「うるせぇ。
でも……確かに、こんな状況じゃ無理だ。」
魔人。
悪魔の欠片。
デュポン家の影。
(……俺が動かないと、誰かが死ぬ。)
――その通りだ。
“欠片”は散らばっている。
回収しなければ、また魔人が生まれる。
デューテリオは空を見上げた。
「……宇宙船、調達するか。」
――良い判断だ。
“旅”が始まる。
「旅って……
俺、ただの大学生だったんだけどな……」
――今は違う。
“神を殺す矢”を作る”器”だ。
「だから言い方ァ!!」
それでも、デューテリオは笑った。
(……行くか。
カケラを全部集めるまで……)
彼は村の出口で振り返り、ドワーフたちに手を振った。
「また来るよ。
その時は、もっと強くなってるから。」
長老は静かに頷いた。
「旅人よ。
お前の道に、森の加護があらんことを。」
デューテリオは歩き出した。
宇宙船を求めて。
そして――
散らばった悪魔の欠片を回収するために。
彼の旅は、ここから本格的に始まった。
🚀 ◆ 宇宙船調達 ―― ドルワナ港の裏市場
ドルワナの北端にある宇宙港は、昼でも薄暗く、金属と油の匂いが充満していた。
正規の船着き場の奥――
そこには、“登録されていない船”だけが並ぶ裏市場があった。
デューテリオはフードを深くかぶり、胸元の欠片を押さえながら歩いた。
「……ここなら、誰にも見つからずに船が買えるはず。」
――“誰にも見つからない”場所ほど、
危険なものはないがな。
「黙れ。今はお前のツッコミいらない。」
ルシファーの欠片は淡く光り、まるで笑っているようだった。
—
🚀 ◆ 船のブローカーとの交渉
薄暗い倉庫の奥で、油まみれの男が足を組んで座っていた。
「……旅人か?
船が欲しいって顔してるな。」
デューテリオは軽く頷いた。
「小型でいい。航行ログが“改ざんできる”タイプ。」
男は目を細めた。
「……お前、何者だ?」
「ただの天才。」
「は?」
「いや、冗談じゃなくて。俺、天才なんだよ。」
男はしばらく黙り、やがて吹き出した。
「……気に入った。だが、ログ改ざん機能付は高いぞ。」
デューテリオは端末を取り出し、男の前に投げた。
「これ、俺が作った“物流最適化アプリ”の試作版。
お前の倉庫管理に使えば、人件費が半分になる。」
男は端末を操作し、目を見開いた。
「……おい……これ…」
男は笑いながら立ち上がった。
「いいだろう。
そのアプリと引き換えに――
“ログ改ざん可能な船”を売ってやる。」
—
🚀 ◆ トラブル発生 ―― 盗賊の乱入
契約書を交わそうとした瞬間、倉庫の扉が蹴破られた。
「動くな!!
その船は俺たちのもんだ!!」
盗賊の一団が銃を構えて突入してきた。
デューテリオは肩をすくめた。
「……こういうの、本当にあるんだな。」
――当然だ。
“裏市場”とはそういう場所だ。
盗賊のリーダーが叫ぶ。
「船を置いていけ!!あとその端末もだ!!」
デューテリオはため息をついた。
「……俺、忙しいんだけど。」
胸元の欠片が淡く光る。
――やれ。
デューテリオは床を蹴り、盗賊の懐に飛び込んだ。
拳が光を帯びる。
ドッ!!
盗賊が吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「なっ……何だこいつ……!」
「ただの天才だって言ってんだろ!!」
残りの盗賊が一斉に銃を向ける。
デューテリオは手をかざした。
(……来い……!)
胸元の欠片が反応し、空気が震えた。
銃弾が放たれた瞬間――
風が渦を巻き、弾丸が軌道を逸らされた。
「なっ……!?」
――“初歩”だ。
だが十分だろう。
デューテリオは盗賊たちを次々と倒し、倉庫は静寂に包まれた。
ブローカーは呆然としたまま言った。
「……お前……本当に……何者だ……?」
デューテリオは笑った。
「ただの天才だよ。
あと、ちょっとだけ厄介な家の出身。」
—
🚀 ◆ 宇宙船の受け取り
ブローカーは震える手で鍵を差し出した。
「……持っていけ。
“ログ改ざん済み”の船だ。
名前は……《アステリオン号》。」
デューテリオは鍵を受け取り、船体を見上げた。
黒い船体に、赤い航行ラインが走る美しい小型船。
「……いい船だ。」
――気に入ったか?
「まあな。
これで……旅ができる。」
――“欠片”を集める旅だ。
デューテリオは深く息を吸い、
船のタラップを登った。
「行くぞ、ルシファー。
宇宙は広いんだろ?」
――ああ。
そして“欠片”は散らばっている。
お前の旅は、まだ始まったばかりだ。
デューテリオは操縦席に座り、スイッチを押した。
エンジンが低く唸り、船体が浮かび上がる。
「よし……
行こうぜ、相棒。」
――相棒ではない。
“器”だ。
「だから言い方ァ!!」
《アステリオン号》は光を引きながら、
ドルワナの空へと飛び立った。
デューテリオの新しい旅が、
ここから始まる。
—
—
🚀 ◆ 《アステリオン号》内部 ―― 天才の手で生まれ変わる船
船内に足を踏み入れた瞬間、デューテリオは思わず息を呑んだ。
「……うわ、狭っ……古っ……」
――文句を言うな。
“裏市場の船”など、どれもこんなものだ。
「(お前 宇宙船のこと分かるのかよ。。。)
いや、分かってるけどさ……
これ、俺が直さないと死ぬやつだろ。」
船内は、最低限の航行設備と古い生活区画があるだけの、
典型的な“中古の密航船”だった。
壁は剥げ、配線はむき出し、床は軋む。
だが――
デューテリオの目は輝いていた。
「……いいじゃん。
こういうの、改造しがいがある。」
――やれやれ。
天才とは便利なものだな。
—
🔧 ◆ 天才カスタム①:航行システムの“書き換え”
デューテリオは操縦席に座り、古い端末を叩いた。
「ログ改ざん機能……しょぼいな。
これじゃ足がつく。」
デューテリオは指を走らせ、コードを書き換えていく。
(……ここをこうして……
航行ログを“二重化”して……
片方は偽装、片方は暗号化……)
数分後。
「よし。
これで“俺がどこに行ったか”は誰にも分からない。」
――ヤツらにもか?
「……たぶん?」
――たぶん、か。
「天才でも万能じゃないんだよ!」
—
🔧 ◆ 天才カスタム②:生活区画の“最適化”
生活区画は狭く、ベッドと小さな机しかなかった。
デューテリオは腕を組んだ。
「……これじゃ生活できねぇな。」
彼は工具を取り出し、壁を開けて配線を引き直し始めた。
・折りたたみ式のベッド
・収納式のキッチン
・自動洗浄の水循環装置
・簡易温室(食料自給用)
「よし、これで“宇宙でも生きられる”部屋になった。」
――お前、家事能力だけは天才的だな。
「褒めてんのか貶してんのか分かんねぇよ!」
—
🔧 ◆ 天才カスタム③:戦闘モードの追加
船体の下部に、古い武装ユニットが眠っていた。
「……これ、動くかな。」
――動かぬ。
“錆びた骨董品”だ。
「じゃあ直す。」
デューテリオは配線を繋ぎ直し、エネルギーラインを再構築した。
(……ここにルシファーのエネルギーを少し流せば……)
赤い光が走り、武装ユニットが低く唸った。
「よし、動いた!」
――“最低限”だな。
だが、お前の拳よりは弱い。
「俺の拳が強すぎるんだよ!!」
—
🔧 ◆ 天才カスタム④:AIナビの追加(ルシファー拒否)
デューテリオは端末を叩きながら言った。
「船のナビ、古すぎる。
ルシファー、お前がナビやれよ。」
――断る。
「なんでだよ!」
――私は“神殺しの矢”を作る存在だ。
航路案内など、矢の仕事ではない。
「いや、矢なら喋るなよ!!」
結局、デューテリオは自作の簡易AIを組み込んだ。
「よし、これで最低限のナビはできる。」
――ふん。
私の方が賢いがな。
「じゃあやれよ!!」
――断る。
—
🚀 ◆ 完成した《アステリオン号》
数日後。
船内は、もはや“中古の密航船”ではなかった。
・航行ログは完全偽装
・生活区画は快適
・武装は最低限復活
・ナビは自作AI
・エネルギー効率は倍増
・ルシファーの力を扱う“特別回路”も搭載
デューテリオは満足げに頷いた。
「よし……
これで宇宙を旅できる。」
――行くぞ、デューテリオ。
“欠片”はまだ散らばっている。
デューテリオは操縦席に座り、スイッチを押した。
エンジンが唸り、船体が浮かび上がる。
「行こうぜ、相棒。」
――相棒ではない。
“器”だ。
「だから言い方ァ!!」
《アステリオン号》は光を引きながら、
星々の海へと飛び立った。
—
—
🚀 ◆ 宇宙航行中 ―― デューテリオとルシファーの掛け合い(コメディ)
《アステリオン号》は、星々の海を滑るように進んでいた。
窓の外には、青白い星雲と、無数の光の粒。
デューテリオは操縦席に足を投げ出し、ドライフルーフを食べながら言った。
「宇宙ってさ…… 思ったより暇だな。」
――宇宙とはそういうものだ。
“静寂”こそが本質だ。
「いや、もっとこう……
宇宙怪獣とか、宇宙海賊とか……
そういうの出てこないの?
世界中の”神話”や”お伽話”が史実を元にしている、っつーなら、居るだろ!」
――出てきたらお前が死ぬ。
「(居るかどうか言ってくれよ。)
夢がねぇ!!」
ルシファーの欠片は淡く光り、まるでため息をつくように脈打った。
――お前は“神殺しの矢”を作る者だ。
無駄死にされては困る。
「だから言い方ァ!!
素材とか器とか…俺は人間だぞ!」
――人間“だった”だろう。
「過去形にすんな!!」
デューテリオはドライフルーフを投げつけたが、
カケラは当然避けもしない。
――無駄な行為だ。
「分かってるよ!!」
—
🚀 ◆ 船内AI vs ルシファー
船内AIが突然しゃべり出した。
《航路に問題はありません。次の目的地まで残り 12 時間です。》
デューテリオは頷いた。
「よし、順調順調。」
――そのAI、愚かだな。
「お前よりは素直だよ。」
――私は“闇極魔王の1人”だ。
「いや、お前は“カケラ”だろ。」
――……。
「黙るなよ!!」
AIがまた喋る。
《船内の温度が上昇しています。
原因:乗員のストレス値。》
「おい、AI!!
余計なこと言うな!!」
――正しい分析だ。
「お前も言うな!!」
—
🚀 ◆ デューテリオ、宇宙のロマンを語る
デューテリオは窓の外を見つめた。
「でもさ……
こうして宇宙飛んでると……
なんかワクワクするよな。」
――ほう。
“人間の感情”か。
「お前、バカにしてるだろ。」
――していない。
私は興味があるだけだ。
“人間が何を求め、何を恐れるのか”。
デューテリオは肩をすくめた。
「求めるのは……自由かな。
恐れるのは……束縛。」
――デュポン家のことか。
「……まぁな。」
――だが、お前はもう自由だ。
「……そうだといいけどな。」
ルシファーは静かに光った。
――私は知っている。
“自由を得た者の目”を。
デューテリオは笑った。
「お前、たまに優しいよな。」
――気のせいだ。
「素直じゃねぇなぁ」
—
🚀 ◆ ルシファー、宇宙の危険を語る
――だが、油断するな。
宇宙には“欠片”を狙う者がいる。
「魔人か?」
――それだけではない。
“お前の家”だけではない。
悪魔のカケラを狙う者たちが動き始めている。
デューテリオは眉をひそめた。
「俺の家は研究してた……
もしカケラの”解析”・”複製”・”応用”なんか出来る様になったら……
色々あぶねーよな……」
――確かにな。
だが今は――
赤い欠片が淡く光る。
――“旅を楽しめ”。
デューテリオは吹き出した。
「お前がそれ言う!?
絶対キャラ違うだろ!!」
――気のせいだ。
「いや絶対違う!!」
AIがまた喋る。
《乗員のストレス値が再上昇しています。》
「黙れ!!」
――ふふ。
「笑うな!!」
宇宙の静寂の中、
《アステリオン号》には
今日も賑やかな声が響いていた。
—
—
🚀 ◆ 数年後 ―― 《アステリオン号》は“巨大な棺”と化していた
宇宙を巡る旅は、気づけば 九年 が過ぎていた。
デューテリオは各惑星で悪魔のカケラを回収し続け、《アステリオン号》は改造を重ねるたびに巨大化していった。
内部には――
黒い悪魔のカケラが数百個、“吸収されず”に保管されている。
ルシファーは何度も警告した。
――デューテリオ。
これ以上“未吸収の欠片”を積むのは危険だ。
「分かってるよ。でも……吸収したらお前が暴走するだろ?」
――暴走はしない。
“完成”するだけだ。
「それが一番怖いんだよ!!」
ルシファーは黙った。
だが、赤い欠片は確かに“飢えて”いた。
—
🌍 ◆ 次の目的地:アルビオニア
ある日、航行AIが告げた。
《次の欠片反応:惑星アルビオン=ネブラス》
デューテリオは眉をひそめた。
「アルビオニア……
ポップフェラー家の本拠地じゃねぇか。」
――行くしかない。
“強い反応”だ。
「嫌な予感しかしないんだけど……」
――安心しろ。
“嫌な予感”は大抵当たる。
「フォローになってねぇ!!」
だが、行くしかなかった。
—
🏰 ◆ アルビオニア上空 ―― 異常な反応
アルビオニアに近づくにつれ、
赤い欠片が震え始めた。
――これは……
“地獄にはいなかった新たな魔性種”の気配だ。
「お前さんでも分かんねーの……?
ドルワナで見たやつより強いのか?」
――比べ物にならん。
これは“禍胎”の匂いだ。
「禍胎……?」
――説明は後だ。
来るぞ。
その瞬間――
地表から黒い影が跳ね上がった。
—
それは“獣”とも“肉塊”ともつかない異形だった。
無数の牙。
蠢く触手。
黒
黒色の瘴気。
《アステリオン号》の外殻に叩きつけられ、
船体が大きく揺れた。
「うおおおおお!?!?」
――デューテリオ、逃げろ!!
「無理だろこれぇぇぇ!!」
異形は船体を掴み、金属を噛み砕きながら侵入してくる。
デューテリオは拳を光らせ、触手を殴り飛ばした。
だが――
(……潰れたとこが瞬時に再生してんのか……!?)
触手が一斉に襲いかかり、デューテリオの身体を貫いた。
「っ……が……!」
胸、腹、肩――
三ヶ所を同時に刺し貫かれ、血が噴き出す。
――デューテリオ!!
「……っ……まだ……!」
拳を振り上げるが、力が入らない。
(……死ぬ……
俺……ここで……?)
異形が口を開き、デューテリオを飲み込もうとした。
その瞬間――
赤い欠片が爆発的に光った。
—
🔥 ◆ ルシファーの決断 ―― “1000年の眠り”
――デューテリオ。
聞こえるか。
「……ルシ……ファー……?」
――お前は死ぬ。このままでは。
だが、“死なせない”。
赤い光がデューテリオの身体を包み、傷口がゆっくりと閉じていく。
――今のお前はせいぜい“中級未満”。
あの異形には勝てん。
「……分かってる……
でも……逃げたら……」
――逃げるのではない。
“備える”のだ。
赤い欠片が脈打つ。
――1000年眠れ。
その間に私は“完全体”へ戻る。
お前は“矢”を作れる”器”として完成する。
「1000年……?」
――目覚めた時、お前は
“神を殺す力”を持つ。
デューテリオは息を呑んだ。
「……俺……そんなの……」
――選べ。
“今死ぬか”、
“1000年後に生きるか”。
異形が再び襲いかかる。
デューテリオは目を閉じた。
「……生きる……
俺は……まだ……やることがある……!」
――よく言った。
赤い光が船体を包み、
《アステリオン号》は空間ごと消えた。
異形は空を裂き、咆哮を上げた。
—
❄️ ◆ 行き先:冥王星(プルート)
デューテリオの意識が薄れる中、ルシファーの声が響いた。
――冥王星へ向かう。
“時の流れが遅い場所”だ。
「……寒そうだなぁ……」
――死ななければ良い。
「言い方ァ……」
――眠れ、デューテリオ。
1000年後、
“お前は世界を変える”。
デューテリオの意識は闇に沈んだ。
《アステリオン号》は冥王星の影へと消え、
そのまま――
1000年の眠りについた。
—
❄️ ◆ 冥王星 ―― 死者の星
《アステリオン号》は、太陽光の届かぬ闇の中を静かに滑っていた。
冥王星。
“死者の星”と呼ばれ、古代から 冥王ネクロス の名と共に語られる場所。
デューテリオは操縦席で息を整えた。
「……寒気がする。
宇宙なのに、なんで“寒い”って分かるんだよ……」
――ここは“死”の領域だ。
生者は本能で恐れる。
赤い欠片が淡く脈打つ。
その時だった。
《アステリオン号》の前方に、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
—
🐺 ◆ 冥王の魔物 ―― “門番”
それは狼にも似ていたが、骨のような外殻と黒い霧をまとい、
胸には 黒の結晶 が埋め込まれていた。
冥王ネクロスのカケラ。
魔物はデューテリオを見つめ、
深く頭を垂れた。
「……お待ちしておりました、
“赤き王の器”よ。」
デューテリオは固まった。
「……俺、歓迎されてる……?」
――当然だ。
“冥王”は私の同胞。
その眷属は、お前を敵とは見ない。
魔物は静かに続けた。
「冥王は眠りにつかれました。
しかし“赤き王”――ルシファー様の器が来ることは
すでに予見されていたのです。」
デューテリオは息を呑んだ。
(……冥王星の魔物が……俺を“待ってた”?)
魔物は船の前に立ち、ゆっくりと歩き出した。
「ついて来なさい。
“眠りの間”へご案内いたします。」
—
❄️ ◆ 冥王星の地下 ―― 永久凍土の迷宮
魔物に導かれ、デューテリオは冥王星の地表に降り立った。
足元の氷は黒く、空気は凍りつくほど冷たい。
「……寒っ……!
これ、死ぬだろ普通……!」
――安心しろ。
“死なせない”。
「安心できねぇよ!!」
魔物は振り返り、静かに言った。
「この先は、生者の息が止まるほどの深淵。
ですが――あなたは“生者ではない”。」
デューテリオは絶句した。
(……俺、もう人間じゃないってこと……?)
ルシファーは黙っていた。
—
❄️ ◆ 地下深く ―― “眠りの間”
長い階段を降りると、巨大な空洞が広がっていた。
天井からは赤い光が滴り、地面には古代文字が刻まれている。
中央には――
巨大な赤い結晶の柱。
魔物は跪いた。
「ここが“眠りの間”。
冥王ネクロス様が最後に眠られた場所。」
デューテリオは結晶に近づいた。
「……ここで……俺は……?」
――眠る。
1000年だ。
赤い欠片が強く脈打つ。
――お前はまだ、弱すぎる。
“中級未満”では、
あの異形にも勝てん。
デューテリオは拳を握った。
「……別に強くなりたいわけじゃなかったんだけどなぁ。
でも……1000年って……」
――目覚めた時、
お前は“神を殺す矢”を作ることとなる。
「だから言い方ァ……!」
魔物は静かに言った。
「赤き王の器よ。
あなたの眠りは、
この星が守護いたします。」
デューテリオは深く息を吸った。
「……ルシファー。
頼む。
俺を……生かしてくれ。」
――任せろ。
お前は必ず目覚める。
赤い光が結晶から溢れ、デューテリオの身体を包み込んだ。
「……っ……!」
身体が浮き上がり、結晶の中心へと吸い込まれていく。
――眠れ、デューテリオ。
1000年後、
“世界はお前を必要とする”。
デューテリオの意識はゆっくりと沈み――
赤い結晶が完全に閉じた。
冥王星の地下に、静寂が戻る。
魔物は深く頭を垂れた。
「……赤き王の器よ。
どうか安らかに。」
こうして――
デューテリオは 1000年の眠り についた。
—
❄️ ◆ 1000年後 ―― 冥王星・眠りの間
冥王星の地下深く。
永久凍土の迷宮の最奥に、赤い結晶の柱が静かに脈動していた。
千年の間、その鼓動は一度も乱れなかった。
だが――
今日、初めて“変化”が起きた。
結晶の中心に封じられた影が、ゆっくりと指を動かした。
ピシ……ッ。
結晶に細い亀裂が走る。
次の瞬間――
赤い光が爆ぜ、結晶は粉雪のように砕け散った。
その中心から現れたのは、かつて“デューテリオ”と呼ばれた青年。
だが、もう彼はデューテリオではなかった。
—
🔥 ◆ 新たな存在 ―― “彼ら”は一つになった
彼はゆっくりと目を開けた。
その瞳は、デューテリオの深い黒と、ルシファーの紅蓮の光が溶け合った色。
表情は無表情。
だが、無機質ではない。
“静かに燃える意志”があった。
彼は自分の手を見つめ、淡々と呟いた。
「……千年。
よく寝たものだ。」
声はデューテリオに似ている。
だが響きはルシファーに近い。
どちらでもあり、どちらでもない。
完全に“新しい人格”だった。
冥王の魔物――
千年の間、眠りを守り続けた門番が跪く。
「……赤き王の器よ。
ついに……お目覚めに……」
彼は首を傾けた。
「器、か。
千年も経てば、器も中身も混ざるものだ。」
魔物は震えた。
(……この存在……
もはや“器”ではない……
“王”そのもの……)
彼はゆっくりと立ち上がり、砕けた結晶の破片を踏みしめながら歩き出した。
—
🔥 ◆ 変化した身体と力
彼の身体は、人間のそれとは明らかに違っていた。
・皮膚は淡く光を帯び
・血管は赤黒い魔力を流し
・指先には微細な魔紋が浮かぶ
力は静かだが、触れれば世界が軋むほどの密度。
「……なるほど。
これは……便利だ。」
無表情のまま、淡々と感想を述べる。
だが次の瞬間、ほんのわずかに口角が上がった。
「……ただ、服がないのは不便だな。」
魔物は慌てて外套を差し出した。
「し、失礼いたしました!!」
「いや、いい。千年ぶりに風を感じたかっただけだ。」
ユーモアとも本気ともつかない言葉。
だが魔物は理解した。
(……この方は……
“デューテリオ”でも“ルシファー”でもない……
新たな“王”だ……)
—
❄️ ◆ 地上へ ―― 1000年ぶりの光
彼は階段を上り、冥王星の地表へと出た。
空は黒く、星々が氷のように瞬いている。
彼は空を見上げ、静かに呟いた。
「……世界は、まだ壊れていないか。」
その声には、千年眠った者とは思えないほどの冷静さと、どこか懐かしむような温度があった。
魔物が恐る恐る尋ねる。
「これから……どちらへ?」
彼は少しだけ考え、淡々と答えた。
「まずは――
“自分が何を失ったか”を確かめに行く。
そしてヤツらがまだ蠢いているのかを」
そして、ほんのわずかに笑った。
「それから……世界をどうするか、考えよう。」
冥王星の氷原に、新たな“王”の足音が響いた。
千年の眠りから目覚めた存在――
それはもう、デューテリオでもルシファーでもない。
“第三の存在”の誕生だった。
—
🌌 ◆ 現代から200年前 ―― 世界は二つの巨影に支配されていた
◆ デュポン家 ―― コムニアで“国家の裏側”を掌握した一族
かつてガリアン共和国の名家だったデュポン家は、200年前に コムニア連邦 へ移住した。
そこからの伸びは異常だった。
• 一族総数 1300人
• コムニア政府との“密約”
• 悪魔のカケラを応用した薬品の独占
• 医療・軍需・麻薬・生体改造の裏市場を支配
• 影の諜報機関を複数保有
表向きは慈善と医療の名家。
裏では 国家の血流そのものを握る怪物 へと変貌していた。
彼らは“悪魔のカケラ”を薬品・強化剤・精神操作剤として利用し、世界中に静かに浸透させていた。
—
ポップフェラー家
白銀歴が始まってほどなく、ポップフェラー家は“歴史の表舞台から消えた”。
真偽は定かではないが、
白銀歴初期の魔獣暴走事件によって
一度完全に滅亡したと語られている。
その後の数世紀、
彼らは政治からも軍事からも姿を消し、
代わりに選んだのは――
慈善事業・投資・金融のみ。
しかし、
当主不明
家族構成不明
邸宅不明
公的記録は空欄のまま
にもかかわらず、金融市場には “見えない手の痕跡” だけが残り続けていた。
まるで、
存在しないはずの家が、
どこかで静かに呼吸しているかのように。
—
🌌 ◆ そして――冥王星から目覚めた“第三の存在”
1000年の眠りから覚めた彼は、
もはやデューテリオでもルシファーでもない。
“二つの魂が溶け合った新たな存在”。
無表情で、
静かで、
時折だけ妙にユーモラス。
彼は冥王星の氷原に立ち、遠くの星々を見上げた。
「……さて。
千年ぶりに帰省でもしてみるか。」
冥王の魔物が跪く。
「どちらへ向かわれるのですか……“王”よ。」
彼は淡々と答えた。
「まずは――
俺のルーツ。
ガリアン共和国だ。」
そして、ほんのわずかに口角を上げた。
「……歩いて帰るには遠いな。」
—
🌌 ◆ 生身で宇宙を航行する“第三の存在”
彼は宇宙空間へと跳躍した。
宇宙服も、船もない。
ただの“生身”。
だが――
彼の身体はすでに神属天使にも劣らぬ耐性 を持っていた。
・真空でも呼吸が止まらない
・放射線は皮膚で散らす
・極低温は体内魔力が自動調整
・推進力は魔力の微細な噴射
彼は静かに宇宙を滑るように進んだ。
「……便利な身体だ。
ただ、移動が単調だな。」
冥王星の魔物が遠くから見送る。
(……あれを“生身”と呼んでいいのだろうか……)
彼は星々の間を抜けながら、淡々と独り言を続けた。
「ガリアン共和国……
千年前は、ただの田舎国家だったが……
今はどうだ?」
赤い魔力が尾を引き、彼の身体は流星のように宇宙を駆けた。
「……まぁ、滅んでいても驚かないが。」
無表情のまま、淡々とした声で言う。
だがその奥には、確かに“懐かしさ”があった。
—
🌍 ◆ ガリアン共和国上空 ―― 帰還
数時間後。
彼はついにガリアン共和国の軌道上へ到達した。
かつて彼が生まれた国。
デュポン家が出た国。
そして――
彼が逃げ出した国。
彼はゆっくりと降下しながら呟いた。
「……ただいま。千年ぶりの故郷。」
その声は、無表情なのにどこか温かかった。
そして――
彼の帰還が、世界の“均衡”を静かに揺らし始める。
—
🌿 ◆ ガリアン共和国 ―― 静かな丘の墓地
白銀歴3年5月14日(金)
惑星テラ=プレアデス ガリアン共和国 首都郊外の町クレール=アンジュ(Clair-Ange)
共同墓地 「シミティエール・デ・ラルム・ダンジュ(Cimetière des Larmes d’Ange)」
千年の眠りから覚めた“彼”は、
生身のまま宇宙を渡り、故郷ガリアン共和国の大地に降り立った。
空気は薄く、街並みは変わり果て、かつての面影はほとんど残っていない。
だが――
丘の上だけは、昔と変わらぬ静けさを保っていた。
彼は無表情のまま、ゆっくりと丘を登る。
(……この町……
エリーズはここで人生を終えたのだろうか。)
風が草を揺らし、
遠くで鐘の音が響いた。
丘の頂上に、
小さな墓地があった。
—
🌿 ◆ エリーズの墓
墓石は白い大理石で、
風雨に晒されながらも丁寧に手入れされていた。
そこには、
優しい筆致でこう刻まれていた。
「エリーズ・ロワ
愛する妻、母、そして画家
静かなる光の人」
彼は墓の前に立ち、しばらく動かなかった。
無表情。
だが、沈黙の奥に揺らぎがあった。
「……ロワ、か。」
淡々とした声。
しかし、どこか柔らかい。
「良い名だ。」
—
🌿 ◆ 彼女の人生の痕跡
墓地の管理人が近づいてきた。
「……ご家族の方ですか?」
彼は首を傾けた。
「そうではない、古い知り合い……だ。」
管理人は微笑んだ。
「エリーズさんは、若い頃は世界中を旅して……
晩年はここで、ご家族と静かに暮らされていたようですが、現在の子孫はコムニアに渡ったとか。」
「(コムニア、知らない国だ。)
死後1世紀弱 経っても語り継がれているのか……」
「ええ、それはもう。
ご存知ないですか?
今では“エリーズ派”と呼ばれる画家たちが世界中にいます。」
彼は空を見上げ、無表情のまま、
静かに息を吐く。
「……良かった。」
その声は、千年の眠りを経た存在とは思えないほど、人間らしかった。
—
🌿 ◆ 墓前の独白
彼は墓の前に膝をつき、静かに語りかけた。
「……俺はもう、デューテリオではない。
ルシファーでもない。
どちらでもあって、どちらでもないのか。」
風が吹き、草が揺れた。
「だが……
お前の絵は、覚えている。」
スケッチブックを閉じ、墓石にそっと置く。
「……良かった。生きてくれて。」
無表情のまま、
ただ静かに立ち上がった。
—
🌿 ◆ そして、旅は続く
丘を降りながら、彼は淡々と呟いた。
「さて……
次はどこへ行くべきか。」
ほんのわずかに笑う。
「……世界は、まだ俺の存在意義があるらしい。」
風が吹き抜け、彼の影が長く伸びた。
こうして――
千年を越えた“第三の存在”は、
再び歩き始めた。
—
◆ 墓を離れた“第三の存在”
丘を降り、ガリアンの街並みを遠くに眺めながら、彼は静かに歩いていた。
「……エリーズは終わった。
だが、世界はまだ続いている。」
人々のざわめき。
新しい建物。
古い路地。
どこか懐かしく、どこかまるで知らない世界。
(……世界は、ちゃんと続いている。)
無表情のまま、淡々とした声。
その瞬間――
胸の奥で、何かが“震えた”。
悪魔由来の物ではない、
もっと上位の、
“白くて冷たい”波長。
彼は足を止めた。
「……これは。」
彼は足を止め、ゆっくりと振り返る。
路地の向こうから、一人の男が歩いてくる。
痩せた体。
静かな目。
どこか病的な雰囲気――
だが、その奥に 何かが潜んでいる。
(……お前は!)
空気が、一瞬だけ“薄く”なる。
世界の構造そのものが、わずかに軋んだ。
“高次の存在の気配”。
だが今、その気配は
“生物化し、次元を落とし、蛹化した状態”で
この世界に滲んでいた。
男――ハサは、 肥満体に白い法衣をまとい、淡い光を帯びていた。
その衣は尿が付いたようにも、ところどころ焦げたようにも見え、
まるで天上から落ちてきた痕跡を残しているかのようだった。
長い金の髪と豊かな髭が、光を受けて柔らかく揺れる。
背には翼のような光の残滓が広がり、 その輪郭は人の目には捉えきれないほど複雑な幾何を描いていた。
額には赤い輪環が浮かび、 それは炎ではなく、“概念としての太陽”のように静かに輝いている。
足元には赤い光の輪が漂い、 彼の歩みに合わせてゆっくりと回転していた。
その瞳は病的なほど静かで、しかし奥底には、“神属天使の残響”が眠っている。
人間の皮膚の下に、 ケルビムとスローンズの光が微かに脈打つ。
彼は知らない。自分が“蛹化したセラフィム”の依代であり、この世界に降りた“偽りの神”そのものだということを。
そしてデューテリオの本質…
ルシファーのカケラに”書き換えられた”霊長類であることも、検知できない。
ただ、
“世界の歪み”に導かれるように
この男はここへ来た。
「……あなたですね。」
症皇は静かに言った。
「世界の“病巣”に最も近い存在。あなたから始めたい。」
彼は無表情のまま、ほんのわずかに目を細めた。
(……セラフィム、ケルビム、スローンズ。
落ちたな。
ここまで次元を落とし、蛹の殻に閉じこもるとは。
私のルーツに気づきもしないか、それとも、眼中にも無いか!?)
胸の奥で、確かな“歓喜”が弾けた。
—
◆ 七禍の最初のメンバー
この時 症皇はまだ知らない。
自分が集めようとしている“七禍”の最初の一人が、世界で最も強大な存在であることを。
(……俺は、デューテリオでもルシファーでもない。)
症皇は嬉々として告げる。
「あなたから始めたい♪
世界の病を治すために。」
デューテリオは、
その言葉に対して怒りもしない。
ただ、静かに笑った。
(……セラフィム。
まさか“そちらから”来てくれるとはな。)
胸の奥で、千年分の渇きが満たされていく。
悪魔…
天使……
闇極魔王………
そのさらに上にいた“神属天使”。
そこに属していたはずのセラフィムが、今は 人間の器に落ちている。
(……討てる。
この手で。
どんなに時間をかけても。)
その心の声は、宣戦布告であり、歓喜の叫びでもあった。
こうして――
新生エデン誕生へと繋がる“七禍”の物語が静かに動き始めた。
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